不安が心にのしかかる時 · スモールグループ

感情の応答がきよめられる, 第4課. 読む ピリピ人への手紙 4:4-9. 夜、明日のことを繰り返し考え、考えるほど怖くなり、止められない

中心聖句:ピリピ人への手紙 4:4-9

「何事も思い煩ってはならない」と聞くと、実行できない命令のように思えます。しかしパウロは、すぐ続けて道を示します。すべてのことを、祈りと願いと感謝をもって神に申し上げ、それから真実なこと、尊ぶべきこと、愛すべきことに心を留めるのです。不安は意志の力で押さえ込むものではありません。神にゆだね、心がとどまれる場所を見つけるのです。

はじめに

不安は、声を上げて泣く姿で現れるとは限りません。横になっても眠れず、明日のことが頭の中を何度も巡ります。携帯電話が一度鳴っただけで胸が騒ぎます。まだ何も起きていないのに、悪い結末を幾通りも心の中で繰り返します。

ピリピ人への手紙4章には、多くの人が暗唱できる一方で、多くの人を苦しめてもいる言葉があります。

何事も思い煩ってはならない。ただ、事ごとに、感謝をもって祈と願いとをささげ、あなたがたの求めるところを神に申し上げるがよい。(ピリピ 4:6)

苦しくなるのは、前半だけを読むからです。「何事も思い煩ってはならない」は確かに勧めの言葉です。しかしパウロは、それだけを不安な人に投げつけてはいません。すぐに歩める道を続けています。すべてのことを、祈りと願いと感謝をもって神に申し上げるのです。 命令のすぐ後に出口があり、「考えるな」の一言で終わってはいません。

三つの言葉に注目してください。祈りは神の前に出ること、願いは求めていることを言葉にすること、感謝は、すでに神から受けたものを認めることです。真ん中の「願い」は、よく飛ばされます。言葉にできる時は、本当に恐れていること、求めている助けを具体的に神に話せます。検査の結果、今月の家賃、子どもの成績、自分が持ちこたえられるかどうか。うまく言えない時は、「どうか助けてください」の一言も真実な祈りです。 神は言葉が途切れ途切れだからといって、聞いてくださらない方ではありません。

なぜ感謝を伴わせるのでしょうか。不安の目は、まだ起きていないことを見ようと、いつも前を向きます。感謝は、すでに起きたことを見るために目を後ろへ向けます。苦しい日々には、神の愛が聞き慣れた教えのように薄く感じられることがあります。しかし一つずつ数えてみると違ってきます。越えられないと思いながらも、後に乗り越えたあの出来事、思いがけず与えられた助け、最も苦しい時に現れたあの人。神の愛が再び記憶の中の出来事となり、神の臨在も単なる慰めの言葉ではなくなります。夜、眠れなかった詩篇の作者も同じことをしました。「わたしは主のみわざを思い起す。わたしは、いにしえからのあなたのくすしきみわざを思いいだす」(詩篇 77:11)。それらを数えることで、結果がまだ分からない時にも、なお信頼できます。

それから約束が続きます。

そうすれば、人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るであろう。(ピリピ 4:7)

この言葉が何を約束しているか、よく見てください。物事が必ず自分の望みどおりになるとは言っていません。平安が心と思いを守ると語っています。「守る」という原語には、番兵のように見張る意味があります。町の門に立つ守り手のように、私たちの思いの前に立つのです。困難が残っていても、神の平安がまず心を守り、目の前のことに向き合い続けられる時があります。

パウロはここで止まりません。8節では、心をどこに置くかを示します。

最後に、兄弟たちよ。すべて真実なこと、すべて尊ぶべきこと、すべて正しいこと、すべて純真なこと、すべて愛すべきこと、すべてほまれあること、また徳といわれるもの、称賛に値するものがあれば、それらのものを心にとめなさい。(ピリピ 4:8)

不安な頭は、空白のままでは止まりません。そのことを考えないようにしても、また考え始めます。ですから「考えるな」と言うだけでは役に立ちません。もっと確かなことに心を向ける必要があります。 一つのみ言葉、昨年神がしてくださった一つのこと、明日実際にできる一歩です。最初の言葉は「真実なこと」です。不安は、一つの可能性を、すでに確定した結末のように見せることがあります。しかし、現実の危険、身体の状態、長く続く圧力から来る場合もあります。すべてを「考えすぎ」で片づけてはいけません。

感謝には、8節と深くつながるもう一つの働きがあります。それは、手放せない出来事を見る角度を変えます。パウロは別の箇所で、「神は、神を愛する者たち、すなわち、ご計画に従って召された者たちと共に働いて、万事を益となるようにして下さる」(ローマ 8:28)と語りました。この言葉は、人に早く立ち直るよう迫るために使われがちですが、物事が望みどおりに終わるという約束ではありません。続く節は、その「益」が何であるかを示します。神は人々を「御子のかたちに似たもの」としようと定められ(ローマ 8:29)、最後には「栄光を与えて下さった」(ローマ 8:30)とあります。この出来事の中で神が成し遂げようとしておられるのは、私たち自身が御子に少しずつ似ることです。待つ中で神を信頼し、不利益を受ける中で赦しを学び、持ちこたえられない時に恵みが必要だと認めます。困難はなお困難ですが、無駄にはならないと知ることができます。この角度が見えると、感謝を結果が出るまで待たなくてもよくなります。

9節には、よく見落とされるもう一つの言葉があります。「これを実行しなさい」(ピリピ 4:9)。心に留めるだけでなく、実行するのです。不安な時は、今、手の届く一つのことを行う方が、頭の中で十回も繰り返すより助けになります。

ペテロの言葉は、もう一方の面を補います。

神はあなたがたをかえりみていて下さるのであるから、自分の思いわずらいを、いっさい神にゆだねるがよい。(ペテロ第一 5:7)

「ゆだねる」という言葉は、とても具体的です。肩に背負った荷物を下ろすようです。その理由は私たちの側にではなく、神の側にあります。神が私たちをかえりみていてくださるからです。 前の節には、「神の力強い御手の下に、自らを低くしなさい」(ペテロ第一 5:6)とあります。二つを続けて読むと全体が見えます。思い煩いを神にゆだねることは、自分の限界を認め、神の顧みを信頼することでもあります。しかし、すべての不安は高ぶりや、すべてを支配したい気持ちから来る、と逆向きに決めつけてはいけません。 現実の状況や身体から生じる不安もあります。

すぐにできることが幾つかあります。第一に、恐れていることを言葉にします。 神に語り、信頼できる人にも話せます。話したからといってすぐ小さくなるとは限りませんが、一人で背負わずに済みます。第二に、すでに起きたことと、まだ確定していないことを分けます。 現実の危険や明らかな身体症状があるなら、まず受診し、助けを求め、身を守る行動を取ります。まだ起きていないなら、証拠のある部分、まだ分からない部分、今日できる一歩を分けます。第三に、心がとどまれる場所を与えます。 み言葉を読み、神がしてくださった一つのことを数え、頭がとどまれる所を作ります。第四に、身体をいたわります。 睡眠、食事、運動は不安の強さに直接影響します。これは信仰に欠けることではありません。

最後にはっきりさせます。動悸で食事や睡眠に支障が出る、たびたび手の震えや胸苦しさがある、またはパニック発作が起きているなら、これは心の持ち方だけの問題ではありません。医師に相談してください。 不安症は治療できます。薬を服用することも、心理相談を受けることも、信仰不足ではありません。この課で学ぶことと、医療を受けることは対立せず、共に行えます。

学びのポイント

1. 「何事も思い煩ってはならない」は、独立した一文ではありません。 確かに勧めの言葉ですが、すぐ後に「ただ……」と続きます。命令の後には出口があります。前半だけを取り出して語れば、不安な人をさらに遠ざけます。

2. 「願い」とは、求めていることを言葉にすることです。 説明できるなら、心から恐れていることを具体的に語ります。うまく言えない時は、「どうか助けてください」の一言も祈りです。

3. 感謝は、目を後ろに向けます。 不安はまだ起きていないことを見ようと前を向きます。感謝は振り返り、神がすでにしてくださったことを数えます。具体的であるほどよいでしょう。後に乗り越えられたあの困難、思いがけない助け、最も苦しい時に現れたあの人。数える時、神の愛と臨在が、教えの一文から記憶の中の出来事に戻ります。パウロはあらゆる状況で感謝するよう語っていますが、困難そのものを良いことだと言うよう求めてはいません。すべてが順調なふりをすることでもありません。

4. 感謝は、手放せない出来事を見る角度も変えます。 「万事を益となるようにして下さる」(ローマ 8:28)に続く節は、その益が「御子のかたちに似たもの」とされることだと示します(ローマ 8:29)。神が困難の中で成し遂げようとしておられるのは、私たちのいのちと性質を新しくし、最後に栄光を与えることです。物事が望みどおりによくなるとの保証ではなく、人に早く立ち直るよう迫るために使ってもいけません。困難が無駄にならない、と語っているのです。それは、真実で尊ぶべきことに心を留めるよう勧める8節にもつながります。

5. 「守る」は、番兵のように見張るという意味です。 神の平安が心と思いの前に立って守ります。約束されているのは心が守られることであり、状況が必ず望みどおりに変わることではありません。

6. 8節の最初の言葉は「真実なこと」です。 一つの考えを確かめる時、まず「何がすでに起き、何がまだ分からないのか」と問います。現実の危険なら対処します。まだ起きていない想像なら、それを「まだ分からないこと」の欄に戻します。

分かち合い

オープニング(約10分)

初めに一言(リーダーが読み上げます)

グループで分かち合ったことを、外で言い広めることはしません。ただし例外があります。現在進行中の危害、子どもや自分で身を守れない人の安全、または誰かが今すぐ自分やほかの人を傷つける危険に関わる場合、リーダーは完全な守秘を約束できません。通常はまず本人とできる限り相談し、実際に助けられる人だけに必要な情報を伝えます。子どもや自分で身を守れない人に関わる場合、または差し迫った危険がある場合は、本人の同意を得ることを前提とせず、状況に応じて牧師、資格を持つ専門家、地域の公安・警察、救急・医療機関に連絡します。差し迫った危険があればその場で助けを求め、本人を一人にしないでください。

ウォームアップ:眠れない時、頭の中を最もよく巡るのはどのようなことですか。(種類だけでかまいません。お金、子ども、身体、仕事、明日会う人など。初めて来た方も話せます。)

リーダーへのヒント:種類だけを話し、詳細には踏み込みません。まずリーダー自身が話します。この問いによって、夜に考えが止まらないのは自分だけではないと分かります。

課の振り返り(リーダーが読み上げます。約1分。予習していない方のためです。)

この課では、ピリピ人への手紙4章4~9節を読みます。パウロは、主にあっていつも喜びなさい、繰り返して言うが喜びなさい、あなたがたの寛容をみんなの人に示しなさい、主は近い、と語ります。何事も思い煩わず、事ごとに感謝をもって祈りと願いとをささげ、求めるところを神に申し上げるなら、人知では測り知ることのできない神の平安が、キリスト・イエスにあって心と思いとを守ります。さらに、真実なこと、尊ぶべきこと、正しいこと、純真なこと、愛すべきこと、ほまれあること、徳といわれるもの、称賛に値するものを心に留めるよう語ります。パウロから学び、受け、聞き、見たことを実行すれば、平和の神が共にいてくださいます。関連する箇所はペテロの第一の手紙5章です。「神はあなたがたをかえりみていて下さるのであるから、自分の思いわずらいを、いっさい神にゆだねるがよい」とあります。今日は、不安が心を重くする時にどうすればよいかを一緒に考えます。

観察

1. 4-5節を読みます。パウロはこの二節で、何をするよう命じていますか。「主は近い」という言葉は、ここでどのような働きをしていますか。

リーダーへのヒント:主にあっていつも喜ぶこと、寛容をみんなの人に示すことです。「主は近い」は、主が再び来られる日が近いことを指すとも、今、信徒の近くにおられることを思い起こさせるとも理解できます。どちらも、後の勧めが単なる自己暗示ではなく、主の臨在と約束に基づくことを示します。

2. 6-7節を読みます。パウロが示す三つの行動は何ですか。何が約束されていますか。

リーダーへのヒント:祈り、願い、感謝をもって、求めるところを神に申し上げます。約束されているのは、人知を超えた平安が心と思いを守ることです。物事が必ず望みどおりになるとは書かれていない点に注目してください。

3. 8-9節を読みます。パウロは何を心に留めるよう語りますか。心に留めるだけでなく、何をするよう求めていますか。

リーダーへのヒント:真実なこと、尊ぶべきこと、正しいこと、純真なこと、愛すべきこと、ほまれあること、徳といわれるもの、称賛に値するものです。心に留めるだけでなく「実行しなさい」と語り、平和の神が共にいてくださると約束します。

解釈

4. 前半は確かに勧めの言葉です。しかし後半の「ただ……」とつなげて読む時、なぜ人を恥じ入らせる言葉ではなくなるのでしょうか。

リーダーへのヒント:この課の中心となる問いなので、十分に時間を取ります。前半だけなら、不安な人にさらに罪責感を加えます。つなげて読めば、勧めのすぐ後に、実際に歩める道が続いています。普段この節を引用する時、どちらの部分を語っているか考えてもよいでしょう。

5. 不安は、まだ起きていないことを見ようと前を向きます。それでもパウロは、願う時に感謝を伴わせるよう語ります。感謝は後ろを振り返ることです。神がこれまであなたにしてくださったことで、今も思い出せる一つは何ですか。それを数えることで、神の前に出る時の向きはどう変わるでしょうか。

リーダーへのヒント:この課のもう一つの中心となる問いなので、十分に時間を取ります。まず、一人ひとりに具体的な小さなことを一つ挙げてもらいます。温かい食事、一言の気遣い、越えられないと思いながらも、後に乗り越えたあの出来事でもかまいません。話すだけで十分で、証しの大きさを比べません。その後で要点を伝えます。不安はまだ起きていないことへ人を押し出しますが、感謝はすでに起きたことへ連れ戻します。神の愛と臨在が、教えの一文から記憶の中の出来事に戻り、結果が分からない時にも信頼できます。パウロはあらゆる状況で感謝するよう語っており、困難そのものを良いことだと言うよう求めてはいません。喜んでいるふりをすることでもありません。初めて来た方は、感謝していることを一つ話せます。

6. パウロは「万事を益となるようにして下さる」(ローマ 8:28)と語り、続く節では、その益を「御子のかたちに似たもの」とされることとして示します(ローマ 8:29)。このように、手放せない出来事を見た時、何が変わり、何が変わらないでしょうか。

リーダーへのヒント:これも中心となる問いです。変わらないのは出来事そのものです。困難はなお困難で、このみ言葉は物事が望みどおりに終わるとは約束していません。変わるのは、その行き先です。この出来事の中で神が成し遂げようとしておられるのは、いのちと性質を新しくし、最後には栄光を与えることです。待つ日々、不利益を受ける時、持ちこたえられない時に、自分の中で何が変わったかを尋ねてもよいでしょう。⚠️ 今まさに困難の中にいる方に、「だから悲しむべきではない」という方向へ持って行かないでください。その出来事の意味を代わりにまとめてもいけません。「まだ分かりません」という答えも、真実な答えです。

7.(時間があれば扱う問い)「これらのものを心にとめなさい」と言う方が、「考えるな」と言うより助けになるのはなぜでしょうか。

リーダーへのヒント:頭は空白のまま止まりません。真実なことを与えなければ、恐れていることを考え続けます。最初の言葉は「真実なこと」です。まず「これは事実だろうか、それとも私が恐れていることだろうか」と問います。前の問いで見つけた新しい角度を、ここで具体的に使います。頭に一つの真実なことを与えて初めて、そこにとどまれます。

適用

8. 最近、心に重くのしかかっているのは、どのようなことですか。(種類だけでかまいません。詳細を話す必要はありません。初めて来た方も話せます。)

リーダーへのヒント:話したい人が一、二文で話します。追及せず、比べず、すぐに助言もしません。話し終えるだけで十分です。助けが必要なら、集まりの後に一対一で話します。

9. 今週、その一つをどのようにゆだねたいですか。

リーダーへのヒント:具体的であるほどよいでしょう。寝る前に、最も恐れている一文をはっきり神に語る。明日、本当にできる一歩を書き、終えたら手放す。毎日、神がすでにしてくださった一つを数える。先延ばしにしていた受診を今週予約する。この後の行動リストにつなげます。

祈りと実践

ともに祈る(約15分)

一人のメンバーにピリピ人への手紙4:6-7をゆっくり読んでもらい、皆で二分間静まります。それぞれ、最も重い一つのことを心の中で神に語ります。言葉にできるなら具体的に話し、まだうまく言えないなら「どうか助けてください」の一言だけでもかまいません。その後、希望する人は一、二文で祈ります。種類だけを言い、詳細は話さなくてもかまいません。あるいは感謝を一つだけ語り、この一年に神がしてくださったことを数えてもよいでしょう。声に出したくない人は、静かに祈ることも祈りです。初めて来た方は静かに聞くだけでよく、祈ることも信仰の立場を表明することも求めません。最後にリーダーがまとめ、グループの人々のために感謝し、執り成します。祈りの課題はグループ内にとどめます。慎重に扱うべきことはアプリにもグループチャットにも書きません。後のケアが必要な時は、通常まず本人の同意を得て、必要な一、二点だけを非公開で記録します。子どもや自分で身を守れない人の安全に関わる場合、または自傷・他害の差し迫った危険がある場合は、本人の同意を得ることを前提とせず、直ちに地域の救急、公安・警察、または適切な保護機関に連絡してください。

次のように始めてもよいでしょう(祈りの方向):

天の父よ、私たちの心は明日のことでいっぱいになり、夜も寝返りを打ち続け、昼も手放せません。私たちが本当に恐れている一つを、どうか聞いてください。細かなことを話す私たちを退けないでください。求めるところをあなたに申し上げるよう命じられたので、私たちは申し上げます。あなたが私たちをかえりみていてくださるので、すべてを御前にゆだねます。人知では測り知れない平安で、私たちの心と思いを守ってください。また、心に留める真実な一つと、手の届く一つの行動を与えてください。イエスの御名によって祈ります。アーメン。

今週の行動リスト(約5分)

祈った後、一人ひとりが次の中から一つを選び、今週行います。一つで十分です。すぐに選べなくてもかまいません。

記録も報告も必要ありません。よければ、次の集まりで話すことができます。できなかった時は、妨げになったことを祈りに持って行きましょう。

さらに話したい方へ

「恐れる時」(詩篇 56篇)か、「疲れ果てた時」(列王紀上 19:1-18)を選べます。

リーダーガイド