真理を見分ける, 第3課. 読む ヨハネの第一の手紙 4:1-6. ある団体もイエスを語り、祈り、聖書を読むから、自分たちと同じだと思う
中心聖句:ヨハネの第一の手紙 4:1-6
ヨハネは、感覚で見分けるようにとは言わず、必ず確かめるべき中心的な基準を示しました。**「イエス・キリストが肉体をとってこられたことを告白する霊は、すべて神から出ている」**という基準です。⚠️ これは、正しい答えを一言返せば合格という合言葉ではありません。ある団体がイエスについて語り、祈り、聖書を読んでいても、同じイエスを語っているとは限りません。**問うべきことは、「あなたがたの語るそのイエスとは、どなたですか」です。**
最も警戒を解きやすい言葉の一つは、「あの人たちもイエスを信じていますよ」です。
確かに、多くの団体がイエスについて語り、聖書を用い、祈り、賛美を歌います。集まりの雰囲気は、さらに熱心に見えることさえあります。しかし、「同じ名を使うこと」と「同じ方を指すこと」は別です。 違いはたいてい、非常に具体的なところに隠れています。そのイエスは本当に神なのか。本当に肉体をとって人となられたのか。その死と復活だけが救いの完全な土台なのか、というところです。
ヨハネの第一の手紙4章の初めの数節は、まさにこのことのために書かれています。
まず、この命令を見てください。
愛する者たちよ。すべての霊を信じることはしないで、それらの霊が神から出たものであるかどうか、ためしなさい。多くのにせ預言者が世に出てきているからである。(ヨハネ第一 4:1)
「すべての霊を信じることはしないで」――これは命令です。 人に寛大であることは、霊的な主張をすべて確かめずに受け入れることではありません。理由も現実的です。にせ預言者はすでに世に出ています。 将来になって初めて現れるのではありません。
次に、その基準です。
あなたがたは、こうして神の霊を知るのである。すなわち、イエス・キリストが肉体をとってこられたことを告白する霊は、すべて神から出ているものであり、(ヨハネ第一 4:2)
イエスを告白しない霊は、すべて神から出ているものではない。これは、反キリストの霊である。(ヨハネ第一 4:3)
基準が「イエス・キリストが肉体をとってこられた」という一文に置かれ、「イエスについて語るかどうか」に置かれていないことに注目してください。 ⚠️ ヨハネはここで、相手側の教え全体を詳しく説明してはいません。学者の間でも、その具体的な形については異なる再構成があります。確かに言えるのは、相手の教えが、イエスが真に人となられたことを弱めるか否定していたということです。
今日、その場で尋ねられる言葉に直すなら、次の四つの問いになります。
第一に、この方はどなたですか。 コロサイ人への手紙は、はっきりこう語ります。「御子は、見えない神のかたちであって、すべての造られたものに先だって生れたかたである」(コロサイ 1:15)。そして「万物は……みな御子にあって造られたからである。これらいっさいのものは、御子によって造られ、御子のために造られたのである」(コロサイ 1:16)とあります。万物が御子にあって、また御子によって造られたのです。御子は被造物の側にはおられず、被造物の中で最初に造られた存在でもありません。 イエスを「造られた高位の霊」「礼拝される多くの存在の一人」「優れた教師」とするなら、聖書が語るこの方ではありません。 第二に、本当に人となられましたか。 ヨハネの基準はここにあります。本当に肉体を持ち、本当に血を流し、本当に死なれました。 第三に、今どの位置におられますか。 「そして自らは、そのからだなる教会のかしらである。彼は初めの者であり、死人の中から最初に生れたかたである。それは、ご自身がすべてのことにおいて第一の者となるためである。」(コロサイ 1:18)「すべてのことにおいて第一の者」となられる方です。ある人や組織が、キリストだけに属する最高の権威や仲保者の位置を奪ったり、自分の言葉を疑ってはならないものにしたりするなら、すでに教会のかしらであるキリストの位置を押しのけています。 第四に、和解はどのように実現しましたか。 「その十字架の血によって平和をつくり、万物……を、ことごとく、彼によってご自分と和解させて下さったのである。」(コロサイ 1:20)和解の根拠は十字架の血です。 私たちの努力でも、ある組織の仲介でもありません。
ヨハネは続けて、深い慰めとなる言葉を語ります。
子たちよ。あなたがたは神から出た者であって、彼らにうち勝ったのである。あなたがたのうちにいますのは、世にある者よりも大いなる者なのである。(ヨハネ第一 4:4)
「あなたがたは神から出た者であって、彼らにうち勝った」――⚠️ これは「私たちは判断を誤ることがない」という意味ではありません。勝利の根拠は、私たちのうちにおられ、世にある者よりも大いなる主にあります。ですから、恐れる必要はありません。そして、まさにそのために、主のみことばに従って真剣に確かめるのです。
⚠️ 6節の「神を知っている者は、わたしたちの言うことを聞き、神から出ない者は、わたしたちの言うことを聞かない」という言葉は、逆向きに利用されやすい言葉です。 ある団体は、まさに同じような言い方で、「私たちに従わない人は神に属していない」と言います。ヨハネがこの言葉を語っているのは、使徒が伝えた教えに立っているからです。 その教えは、私たちの手元にある聖書に記されています。基準は使徒が伝えたみことばであって、ある個人の権威ではありません。 だれかがこの言葉を自分自身に当てはめるなら、それ自体が警報です。
実際には、どのように尋ねればよいでしょうか。とても役立つ方法が三つあります。
第一に、その一文を直接尋ねます。 「イエス・キリストが肉体をとってこられたと信じますか。イエスは神ですか」。率直に聞いてかまいません。⚠️ ただし、一つの模範解答だけを聞いて終わりにしてはなりません。 教え全体が、キリスト、十字架、復活、使徒が伝えた福音をどのように語っているかも見ます。 第二に、その教えの中で十字架と復活がどの位置にあるかを尋ねます。 それらが背景音にすぎず、ある指導者、訓練法、組織が主役なら、答えはすでに表れています。 第三に、「もう一人加わっていないか」に注意します。 キリストのほかに、だれの言葉が疑ってはならないものになっているでしょうか。
ですから、この課の要点は、「あの人たちもイエスについて語る」で止まらず、「そのイエスとはどなたか」をはっきり尋ねることです。
1. 「すべての霊を信じることはしないで」は命令です。 ためさないことは、寛大さではありません。
2. 「多くのにせ預言者が世に出てきている」。 将来になって初めて現れるのではありません。
3. 基準は「イエス・キリストが肉体をとってこられた」にあります。 「イエスについて語るかどうか」ではありません。
4. コロサイ1:16は、万物が「御子によって造られた」と語ります。 御子は被造物の側にはおられず、被造物の中で最初に造られた存在でもありません。
5. 「すべてのことにおいて第一の者」。 ほかのだれかが御子の隣や上に置かれるなら、同じ方を語ってはいません。
6. 和解の根拠は「その十字架の血」です。 私たちの努力でも、ある組織の仲介でもありません。
7. 6節は逆向きに利用されやすい箇所です。 ヨハネは使徒が伝えた教えに立っているのであって、ある個人の権威に立っているのではありません。
ウォームアップ:二人で長く話した後、実はまったく別のものについて話していたと気づいたことがありますか。(同じ名前の人、同名の場所、一つの言葉に二つの意味がある場合など、何でもかまいません。初めて来た方も話せます)
リーダーへのヒント:気軽に話しましょう。笑いも起こるでしょう。この問いが後の話につながります。同じ言葉を使っていても、同じものを指しているとは限りません。
この課の振り返り(リーダーが読み上げます。予習していない人のために、約1分)
この課では、ヨハネの第一の手紙4章1-6節を読みました。ヨハネはこう語ります。愛する者たちよ。すべての霊を信じることはしないで、それらの霊が神から出たものであるかどうか、ためしなさい。多くのにせ預言者が世に出てきているからです。イエス・キリストが肉体をとってこられたことを告白する霊は、すべて神から出ています。イエスを告白しない霊は、神から出ておらず、反キリストの霊です。それが来るとかねて聞いていましたが、今やすでに世にきています。子たちよ。あなたがたは神から出た者であって、彼らにうち勝ちました。あなたがたのうちにいますのは、世にある者よりも大いなる者だからです。彼らは世から出たものであり、世のことを語り、世もその言うことを聞きます。しかし、私たちは神から出ています。神を知っている者は私たちの言うことを聞き、神から出ない者は聞きません。これによって、真理の霊と迷いの霊との区別を知ります。併せて読むコロサイ人への手紙1章には、御子は見えない神のかたちであり、すべての造られたものに先だって生れた方であること、万物は御子によって、御子のために造られたこと、御子はそのからだなる教会のかしらであり、死人の中から最初に生れ、すべてのことにおいて第一の者となられたこと、十字架の血によって平和をつくり、万物をご自分と和解させてくださったことが記されています。今日は「彼らが伝えるのは、どのようなイエスか」を、ともに考えます。
1. 1節を読みます。ヨハネは私たちに何をするよう命じていますか。その理由は何ですか。
リーダーへのヒント:すべての霊を信じることはせず、それらの霊が神から出たものかどうかをためします。理由は、多くのにせ預言者がすでに世に出てきているからです。「すでに」であって、将来ではありません。
2. 2-3節を読みます。基準となる言葉はどのように語られていますか。一字一句そのまま読んでください。
リーダーへのヒント:「イエス・キリストが肉体をとってこられたことを告白する霊は、すべて神から出ている」です。基準は「イエスについて語るかどうか」ではなく、「肉体をとってこられた」ことにあると確認してください。
3. コロサイ1:15-20を読みます。この数節は、キリストについてどのようなことを語っていますか。できるだけ多く見つけてください。
リーダーへのヒント:見えない神のかたち、すべての造られたものに先だって生れた方、万物は御子にあって造られ、御子によって、御子のために造られた、万物よりも先におられる、万物は御子にあって成り立つ、教会のかしら、初めの者、死人の中から最初に生れた方、すべてのことにおいて第一の者、十字架の血によって平和をつくられた、ということです。
4. ある団体がイエスについて語り、祈り、聖書を読んでいても、なぜそれだけでは十分ではないのでしょうか。さらにどのような問いを尋ねますか。
リーダーへのヒント:この課の中心となる問いです。十分に時間を取ってください。四つの問いは、この方はどなたか(神か、被造物か)、本当に人となられたか、すべてのことにおいて第一の者か、和解はどのように実現したか、です。皆にこの四つを書き留めてもらってもよいでしょう。
5.(時間があれば)具体的な一つの教えから、指導者や組織がキリストだけに属する位置を占めつつあると、どのように見分けられますか。聖書が示す基準は何で、まだ私たちの推測にすぎないものは何ですか。
リーダーへのヒント:聖書が示す基準は、キリストがすべてのことにおいて第一の者であり、教会のかしらであり、和解はただ十字架の血による、ということです。どのような行いが、ある人の言葉を疑ってはならないものにするのかも話せます。
6. ヨハネ第一4:6は「神を知っている者は、わたしたちの言うことを聞く」と語ります。この言葉は、どのように誤用され得ますか。どのように読むのが正しいのでしょうか。
リーダーへのヒント:「私たちに従わない人は神に属していない」と言うために使われることがあります。ヨハネが立っているのは、使徒が伝えた教えです。その教えは聖書に記されています。基準は使徒が伝えたみことばであり、ある個人の権威ではありません。この問いを飛ばさないでください。
7. だれかに「あなたがたの信じるイエスとは、どなたですか」と聞かれたら、どう答えますか。(二人一組で、一度ずつ互いに話します。初めて来た方は聞くだけでもよく、今の理解を話してもかまいません)
リーダーへのヒント:完全に言えなくても大丈夫です。これは試験ではありません。話した後、互いに一言補ってください。リーダーは、次のような骨組みを示せます。イエスは神であり、本当に人となられ、私たちの罪のために死に、三日目によみがえり、すべてのことにおいて第一の者です。
8. 今週、どの問いをしっかり覚え、今後必要な時に使いたいですか。
リーダーへのヒント:具体的であるほどよいでしょう。続く行動リストも、この方向に沿っています。
まず一人にヨハネ第一4:2をゆっくり読んでもらい、続いてコロサイ1:15-20を読んでもらいます。皆で三分間静まります。一人ひとりが心の中で、このキリストに一言語りかけます。祈りたい人は、一、二文で祈ってください。声に出したくない人は、黙って祈っても同じく祈りです。初めて来た方は静かに聞いているだけでよく、祈ったり意思表示をしたりする必要はまったくありません。最後にリーダーがまとめ、グループの一人ひとりがこの主をさらに深く知るよう執り成します。祈りの課題はグループ内にとどめ、慎重に扱うべきことはアプリにもグループチャットにも書きません。継続して支える必要がある場合は、通常まず本人の同意を得てから、必要なことを一、二文だけ非公開で記録します。ただし、子どもや自分を守れない人の安全、または今すぐ自分や他人を傷つける危険に関わる場合は、同意を前提とせず、直ちに地域の救急、警察、または適切な保護機関へ連絡します。
次のように始めることができます(祈りの方向):
主イエスよ、あなたは見えない神のかたちです。万物はあなたにあって造られ、あなたは万物よりも先におられ、万物はあなたにあって成り立っています。あなたは十字架の血によって平和をつくられました。私たちは、一つの名を聞いただけで警戒を解き、「そのイエスとはどなたか」ともう一度尋ねなかったことが多いと認めます。あなたをはっきりと知る者にしてください。だれも、どの組織も、あなたの位置へ入り込まないよう守ってください。あなたのみことばは、「あなたがたのうちにいますのは、世にある者よりも大いなる者なのである」と語ります。私たちはこの言葉に立ちます。あなたの御名によって祈ります。アーメン。
祈りの後、次の中から一つを選び、今週取り組んでみましょう。一つで十分です。すぐに選べなくてもかまいません。
記録も報告も必要ありません。よければ、次の集まりで話してください。できなかった場合は、どこで難しさを感じたかを祈りのうちに神へ持っていきましょう。
ガラテヤ1:6-10を扱う「救いに別の条件が加えられていないか」の課、またはペテロ第二2:1-10を扱う「偽キリスト、偽預言者、偽教師を区別する」の課を選べます。