生ける石で築かれる霊の家 · スモールグループ

健全な教会, 第1課. 読む ペテロの第一の手紙 2:4-10. 規模、催し、内装、オンラインでの影響力によって教会を評価する

中心聖句:ペテロの第一の手紙 2:4-10

ペテロは、規模、建物、影響力によって教会を語らず、石をたとえに用います。「この主のみもとにきて、あなたがたも、それぞれ生ける石となって、霊の家に築き上げられ」るのです。**良い教会かどうかを見るとき、まず、その教会が隅のかしら石の上に建てられているか、そして生ける石が実際に組み込まれているかを見ます。**

はじめに

私たちは、目に見えるいくつかのもので教会を判断しがちです。人が多いか、建物や会場が整っているか、賛美が上手か、説教が心地よく聞けるか、インターネット上で影響力があるか、といったことです。

これらを見ること自体が間違いというわけではありません。ただし、それらが答えるのは別の問いです。 「この教会は何であるか」ではなく、「この教会でわたしはどう感じるか」という問いです。小さく古く、歌声もあまりそろわない教会が、実は堅く建てられた霊の家であることがあります。必要なものが何でもそろった教会が、よく企画された催しにとどまることもあります。

ペテロの第一の手紙2章のこの箇所は、建物のたとえによって、教会とは何かを明らかにします。

まず、その石を見てください。

主は、人には捨てられたが、神にとっては選ばれた尊い生ける石である。(第一ペテロ2:4)

「人には捨てられた」石と「神にとっては選ばれた」石は、同じ一つの石です。 この言葉は初めから、人の評価を基準に判断する道を閉ざします。隅のかしら石ご自身さえ、家造りらに捨てられたからです。

次に、私たちについて語られます。

この主のみもとにきて、あなたがたも、それぞれ生ける石となって、霊の家に築き上げられ、聖なる祭司となって、イエス・キリストにより、神によろこばれる霊のいけにえを、ささげなさい。(第一ペテロ2:5)

「築き上げられ」という言葉に注目してください。 一人ひとりが別々に自分の建物を建てるのではありません。神が私たちを一緒に、キリストという隅のかしら石の上に築かれます。一つの石だけでは、建物になりません。 そして建物全体の向きは、隅のかしら石によって定まります。

また、「聖なる祭司」とあります。少数の人だけが祭司なのではなく、「あなたがた」が祭司です。 このことは9節でさらに明確に語られます。

しかし、あなたがたは、選ばれた種族、祭司の国、聖なる国民、神につける民である。それによって、暗やみから驚くべきみ光に招き入れて下さったかたのみわざを、あなたがたが語り伝えるためである。(第一ペテロ2:9)

種族、祭司の国、聖なる国民、神につける民という四つの呼び名は、すべて共同体全体に与えられています。 そして、自分たちのことを誇るためではありません。その後に目的が続きます。暗やみから驚くべきみ光に招き入れてくださった方の御業を、**「あなたがたが語り伝えるため」**です。

その間の節では旧約聖書が引用されます。「見よ、わたしはシオンに、選ばれた尊い石、隅のかしら石を置く。それにより頼む者は、決して、失望に終ることがない。」(第一ペテロ2:6)そして二つの応答が語られます。信じる人にとってこの石は尊いものですが、不信仰な人には「家造りらの捨てた石で、隅のかしら石となったもの」、また「つまずきの石、妨げの岩」です(第一ペテロ2:7-8)。同じ一つの石により頼んで失望に終わらない人もいれば、その石につまずく人もいます。 ⚠️ 8節の最後にある「彼らは、実は、そうなるように定められていた」という言葉は重く、歴代さまざまな解釈があります。この課では詳しく扱いません。 ここで注目するのは、その前にある対比です。教会の土台はキリストであり、キリストへの応答がすべてを決めます。

最後の節が、この箇所の結びです。

あなたがたは、以前は神の民でなかったが、いまは神の民であり、以前は、あわれみを受けたことのない者であったが、いまは、あわれみを受けた者となっている。(第一ペテロ2:10)

教会が存在すること自体、神のあわれみによるものです。 私たちにその資格があったからではなく、神が選び、あわれんでくださったからです。

ここから、教会を見るときの問いを入れ替えることができます。「この教会は良い教会だろうか」と考えるとき、次のことを尋ねてみてください。

第一に、土台はキリストでしょうか。 人に捨てられ、神に選ばれた主が語られているでしょうか。それとも、人が心地よく感じる教えだけでしょうか。 第二に、生ける石は組み込まれているでしょうか。 皆が一緒に築き上げられているでしょうか。それとも、一人ひとりが話を聞きに来て、別々に帰っているだけでしょうか。 第三に、祭司としての身分が皆に返されているでしょうか。 前に立つ数人だけが奉仕しているでしょうか。それとも皆が霊のいけにえをささげているでしょうか。 第四に、外へ向かって語り伝えているでしょうか。 「あなたがたが語り伝えるため」とあります。内側だけを向く霊の家は、その存在目的の一部を欠いています。

もう一つ、言っておきたいことがあります。この四つの問いは、見極めるためのものであって、採点するためのものではありません。 どの教会にも欠けがあります。コリント教会ほど問題の多い教会でさえ、パウロは教会と呼びました。欠けを見た後、外側に立って採点するだけで終わる必要はありません。 自分がどのように皆と共に築き上げられるのか、主に示していただくことができます。⚠️ ただし、異端、支配、被害があるなら、まず信頼できる助けを求め、危険な場所から離れてください。安全でない集まりから離れることは、キリストのからだから離れることではありません。

ですから、この課の結びはこうなります。私はあわれみを受け、今はキリストにあって皆と共に築き上げられ、神の霊の家とされています。

学びのポイント

1. 「人には捨てられた」石と「神にとっては選ばれた」石は、同じ一つの石です。 人の評価を基準に判断する道は、初めから閉ざされています。

2. 「築き上げられ」。 一人ひとりが自分だけの場所を造るのではなく、同じ一つの家に組み込まれます。

3. 「聖なる祭司となって」と言われるのは「あなたがた」です。 少数の人だけが祭司なのではありません。

4. 9節の四つの呼び名は、すべて共同体全体に与えられています。 選ばれた種族、祭司の国、聖なる国民、神につける民です。

5. 四つの呼び名には目的があります。「あなたがたが語り伝えるため」です。 自分たちのことを誇るためではありません。

6. 8節の最後の言葉は重く、歴代さまざまな解釈があります。 この課では詳しく扱いません。

7. 結びは10節です。 教会が存在すること自体、あわれみを受けた出来事です。

分かち合い

オープニング(約10分)

ウォームアップ:初めて教会に入ったとき、最初に気づいたことは何でしたか。(初めて来た方には特に答えやすい問いです)

リーダーへのヒント:気楽に話してください。多くの人は、人、雰囲気、歌、または「皆は互いを知っているのに、自分だけ知らない」と答えるでしょう。この問いが後の分かち合いにつながります。

この課の振り返り(リーダーが読み上げます。予習していない人のために、約1分)

この課では、ペテロの第一の手紙2章4-10節を読みました。主は、人には捨てられましたが、神にとっては選ばれた尊い生ける石です。私たちも主のみもとに来て、それぞれ生ける石となり、霊の家に築き上げられ、聖なる祭司となって、イエス・キリストにより神によろこばれる霊のいけにえをささげます。聖書には、神がシオンに選ばれた尊い石、隅のかしら石を置き、それにより頼む者は失望に終わらないとあります。信じる人には尊い石ですが、不信仰な人には、家造りらの捨てた石で隅のかしら石となったもの、また、つまずきの石、妨げの岩です。しかし私たちは、選ばれた種族、祭司の国、聖なる国民、神につける民です。それは、暗やみから驚くべきみ光に招き入れてくださった方の御業を語り伝えるためです。以前は神の民ではありませんでしたが、今は神の民であり、以前はあわれみを受けていませんでしたが、今はあわれみを受けています。今日は、生ける石によって築かれる霊の家について、ともに分かち合います。

観察

1. 4-5節を読みます。主は何と呼ばれていますか。同じ一つの石について、正反対のどの二つのことが語られていますか。私たちは何にたとえられ、何に築き上げられますか。

リーダーへのヒント:主は生ける石です。人には捨てられましたが、神にとっては選ばれた尊い石です。私たちも生ける石となり、霊の家に築き上げられ、聖なる祭司となります。「築き上げられ」に注目してください。

2. 6-8節を読みます。隅のかしら石はどこに置かれますか。信じる人と信じない人では、この石への応答がどのように異なりますか。

リーダーへのヒント:シオンに置かれます。信じる人には尊いもので、より頼む者は失望に終わりません。不信仰な人には、つまずきの石、妨げの岩となります。

3. 9-10節を読みます。どの四つの呼び名が与えられていますか。その後にどのような目的が続きますか。10節では、どの二つの変化が語られていますか。

リーダーへのヒント:選ばれた種族、祭司の国、聖なる国民、神につける民です。目的は、暗やみから驚くべきみ光に招き入れてくださった方の御業を語り伝えることです。以前は神の民でなかった者が今は神の民となり、以前はあわれみを受けていなかった者が今はあわれみを受けています。

解釈

4. ペテロは教会を「霊の家に築き上げられる」と表します。これは、私たちが普段用いる教会の評価基準と、どのように違いますか。

リーダーへのヒント:この課の中心となる問いです。十分に時間を取ってください。私たちは規模、建物、プログラム、自分の感じ方を見ますが、ペテロは土台と建造を見ます。一つの石だけで建物になるか、と尋ねることもできます。

5.(時間があれば)「聖なる祭司」と言われるのは「あなたがた」です。この言葉を本気で受け止めるなら、集まりはどのようなものになるでしょうか。

リーダーへのヒント:数人が奉仕して残りが見ているのではなく、皆が霊のいけにえをささげます。私たちが前に教会で「祭司として」仕えたのはいつだったか、話すこともできます。指導者が必要ないという話にはしないでください。

6. 「あなたがたが語り伝えるため」とあります。内側だけを向く教会は、何を欠いていますか。

リーダーへのヒント:四つの呼び名が与えられた目的を欠いています。私たちの教会、またはグループが今どのように外へ向いているかを話すこともできます。

適用

7. あなたと教会という共同体との関係は、今どのような段階にありますか。人とつながる助けになったことは何ですか。今も妨げになっているものは何ですか。(具体的に話してください。初めて来た方も、今の気持ちを話せます)

リーダーへのヒント:まずリーダーが自分のことを話してください。どの教会についても評価や比較をしないでください。自分はずっと端にいると話す人がいても、すぐ仕事を任せようとせず、まず聞いてください。

8. 今週、「共に築き上げられる」ために、どのようなことを一つ行いたいですか。

リーダーへのヒント:できるだけ具体的にしましょう。礼拝でまだ知らない人と知り合う、小さな奉仕を一つ引き受ける、教会の指導者のために祈る、などです。次の行動リストも、これに沿って選びます。

祈りと実践

ともに祈る(約15分)

まず一人に第一ペテロ2:4-5と2:9-10をゆっくり読んでもらい、二分間静まります。一人ひとりが、自分が今教会のどこにいると感じているかを心の中で主に語ります。祈りたい人は一、二文で祈ってください。声に出したくない人は、黙って祈っても同じく祈りです。初めて来た方は、静かに聞いているだけでよく、祈ったり意思表示をしたりする必要はまったくありません。最後にリーダーがまとめ、自分たちの教会のために祈ります。祈りの課題はグループ内にとどめ、デリケートな内容はアプリにもグループチャットにも書きません。通常、継続して支える必要がある場合はまず本人の同意を得てから、必要なことを一、二文だけ非公開で記録します。ただし、子どもや自分を守れない人の安全、または今すぐ自分や他人を傷つける危険に関わる場合は、同意を前提とせず、直ちに地域の救急、警察、適切な保護機関へ連絡します。

次のように始めることができます(祈りの方向):

主よ、あなたは生ける石であり、人には捨てられましたが、神にとっては選ばれた尊い方です。私たちも生ける石として、霊の家に築き上げてくださることを感謝します。私たちは、人が多いか、聞いて心地よいかで教会を判断し、話を聞きに来ては別々に帰るだけになりがちです。どうか私たちを、この家に組み込んでください。そして、私たちが以前は神の民ではなく、今はあなたの民であることを思い起こさせてください。あなたは私たちを暗やみから驚くべきみ光に招き入れてくださいました。あなたの御業を語り伝える者としてください。イエスの御名によって祈ります。アーメン。

今週の行動リスト(約5分)

祈りの後、下から一つ選んで今週行ってください。一つで十分です。今すぐ選べなくてもかまいません。

記録も報告も必要ありません。よければ、次の集まりで話してください。できなかった場合は、どこで難しさを感じたかを祈りのうちに神へ持っていきましょう。

続けて話すなら

エペソ2:11-22を扱う「神の家、キリストのからだ」の課、または第一コリント11:17-34を扱う「主の食卓で」の課を選ぶことができます。

リーダーガイド