群れの模範となる · スモールグループ

小グループのリーダー:小さな群れを牧する, 第1課. 読む ペテロの第一の手紙 5:1-4. 長く導くうちに小グループを自分の領地のように考えるか、責任を恐れて行事の調整役だけになる

中心聖句:ペテロの第一の手紙 5:1-4

ペテロが長老たちに宛てた四節には、三つの対比があります。「しいられてするのではなく、神に従って自ら進んでなし」、「恥ずべき利得のためではなく、本心から、それをしなさい」、そして、**「ゆだねられた者たちの上に権力をふるうことをしないで、むしろ、群れの模範となるべきである」**。導く人がこの群れを所有しているのではありません。彼らを世話する務めをゆだねられているのです。

はじめに

小グループを長く導いていると、二つの極端のどちらかへ傾きやすくなります。

一つは、小グループを自分のもののように扱うことです。 誰が来るか、何を学ぶか、いつ集まるかをすべて自分で決め、違う意見が出ると心穏やかでいられません。横暴になろうとしているとは限りません。「自分が一番多くをささげ、一番よく分かっている」という思いが自然に延びた結果であることが多いのです。 もう一つは、責任を負うことを恐れることです。 負いきれないことや、間違ったことを言うことを恐れ、活動の調整役にとどまります。時間と場所を決め、連絡はしますが、人の魂に関わることには一切触れません。

ペテロの第一の手紙5章冒頭の四節は、この両方の極端を退けます。

まず、ペテロが自分を何と呼んでいるかを見てください。

そこで、あなたがたのうちの長老たちに勧める。わたしも、長老のひとりで、キリストの苦難についての証人であり、また、やがて現れようとする栄光にあずかる者である。(Ⅰペテロ 5:1)

「わたしも、長老のひとり」 とあります。ペテロは使徒でしたが、ここでは同じ務めをゆだねられた長老として勧めています。これは、肩を並べて責任を負う姿を示します。 ただし、ペテロの使徒としての権威も、長老が負うべき指導の責任も取り消すものではありません。

続いて、積極的な命令が語られます。

あなたがたにゆだねられている神の羊の群れを牧しなさい。(Ⅰペテロ 5:2)

「神の」羊の群れに注目してください。羊は神のものであり、リーダーのものではありません。 日常会話で「私の小グループ」と言うこと自体に問題があるとは限りません。警戒すべきなのは、自分の労苦を所有権に変えてしまうことです。「牧する」とは、食物を与え、世話をする具体的な働きであって、集会の司会だけを指すのではありません。

次に、三組の対比があります。

一、「しいられてするのではなく、神に従って自ら進んでなし」。 これは先ほどの極端の一方に向けられています。無理に耐えながら続ける奉仕は、やがて不満を生み、その不満で人を動かすようになりかねません。 二、「恥ずべき利得のためではなく、本心から、それをしなさい」。 本文が直接禁じているのは、恥ずべき利益を求めて奉仕することであり、第一には金銭的な動機を指します。そこからもう一歩、自分を省みることができます。これは適用であり、原語そのものの意味ではありません。私たちは金銭以外の見返り、つまり、人から重んじられること、頼られること、感謝されることをむさぼっていないでしょうか。 三、「ゆだねられた者たちの上に権力をふるうことをしないで、むしろ、群れの模範となる」。 権力をふるうとは、権威を乱用し、圧力や脅し、操作によって自分の考えを押しつけることです。模範になるとは、決定する責任を放棄することではありません。キリストの下で、自分の生き方をもって導き、理由を説明し、意見を聞き、結果を引き受けることです。

「ゆだねられている」という言葉が、この段落全体の要です。 委託は神から来ます。ですから、導く人には本当の責任があり、「私は集まりを調整するだけです」と責任を手放すことはできません。同時に、委託された群れはその人の所有物ではありません。その人は、委託された方に申し開きをするのです。

最後に、希望が示されます。

そうすれば、大牧者が現れる時には、しぼむことのない栄光の冠を受けるであろう。(Ⅰペテロ 5:4)

「大牧者」はキリストです。 教会の長老たちはキリストの下で羊の群れを牧します。キリストは再び現れ、報いてくださいます。ここで直接語られているのは教会の長老であり、小グループのリーダーとそのまま同一視することはできません。それでも、ゆだねられた者として、自ら進んで仕え、権力をふるわず、模範となる姿勢は、小さな群れを導く兄弟姉妹も学ぶ必要があります。

日常に当てはめて、すぐに確認できることが三つあります。

一、私はこの人たちを、神が私たちにゆだねた人として見ていますか。それとも自分の人として見ていますか。 判断の基準は呼び方ではなく、心にある所有欲です。 二、違う意見が出たとき、最初にどう反応しますか。 まず聞くでしょうか。それとも、すぐに説明を始めるでしょうか。 三、私は牧していますか。それとも、ただ予定を整えていますか。 今週、誰を気にかけ、誰のために祈り、誰と話したでしょうか。

疲れている人にも一言伝えたいことがあります。負いきれないと感じるのは、自然なことです。 ペテロは、長老たちに自力で耐えるよう求めてはいません。彼らの目を大牧者へ向けています。この群れを本当に牧しておられるのはキリストです。 私たちはキリストの下で共に仕えます。このシリーズの後半には、「力を超える時、助ける人を招く」という課があります。

この課の着地点は、権力をふるわず、責任からも逃げず、人から見えるところを先に歩むことです。

学びのポイント

1. 「わたしも、長老のひとり」。 ペテロは同じ務めをゆだねられた長老として勧めます。肩を並べて責任を負うことは、それぞれの責任を取り消しません。

2. 「神の羊の群れ」。 羊は神のものであり、リーダーは世話をゆだねられた者です。

3. 「牧しなさい」。 食物を与え、世話をする具体的な働きであって、ただ活動の司会をすることではありません。

4. 三つの対比。 強いられて/自ら進んで、恥ずべき利得のため/本心から、権力をふるう/模範となる、という対比です。

5. 「ゆだねられている」。 委託は神から来ます。本当の責任がある一方、自分のものとして所有することはできません。

6. 「大牧者」はキリストです。 長老はキリストの下で群れを牧します。小グループのリーダーは長老と同じではありませんが、キリストの権威の下で、ゆだねられた人々を世話することを学びます。

7. この箇所が直接語っているのは教会の長老です。 小グループのリーダーとそのまま同一視はできませんが、ここに示された姿勢から学べます。

分かち合い

オープニング(約10分)

最初に確認すること(リーダーが読みます)

小グループで話したことを、外で言いふらしません。ただし、現在進行中の被害、子どもや弱い立場の人の安全、差し迫った自傷や他害の危険がある場合は例外です。リーダーは完全な秘密を約束できません。通常は、できる限り本人と相談し、実際に助けられる人に必要な情報だけを伝えます。子どもや自分を守れない人が関係する場合、または差し迫った危険がある場合は、同意を前提とせず、状況に応じて牧師、資格を持つ専門家、地域の警察、救急または医療機関へ連絡します。危険が差し迫っているときはその場で助けを求め、本人を一人にしないでください。

ウォームアップ:これまでに出会ったよいリーダーには、今も覚えているどのような特徴がありましたか。(先生、職場の先輩、グループリーダー、クラス委員など、誰でも構いません。初めて来た方も話せます)

リーダーへのヒント:気軽に話してください。多くの場合、心に残っているのはその人の能力ではなく、具体的な小さな行動です。後の話し合いへの入口になります。

この課の振り返り(リーダーが読みます。予習していない人のために、約1分)

この課では、ペテロの第一の手紙5章1節から4節を読みました。ペテロは、自分も長老のひとりであり、キリストの苦難の証人、やがて現れる栄光にあずかる者として、長老たちに勧めます。彼らは、ゆだねられている神の羊の群れを牧すよう命じられました。強いられてではなく神に従って自ら進んで、恥ずべき利得のためではなく本心から仕えます。ゆだねられた者たちの上に権力をふるわず、群れの模範となります。そして大牧者が現れるとき、しぼむことのない栄光の冠を受けます。今日は、群れの模範となることについて一緒に考えます。

観察

1. 1節を読んでください。ペテロは自分をどのように説明していますか。また、手紙を受け取った人々との関係をどう表していますか。

リーダーへのヒント:長老のひとり、キリストの苦難についての証人、やがて現れる栄光にあずかる者です。「わたしも、長老のひとり」と、肩を並べています。上から見下ろす言い方ではありません。

2. 2節から3節を読んでください。彼らは何をするよう命じられていますか。三つの対比はそれぞれ何ですか。

リーダーへのヒント:神の羊の群れを牧することです。強いられて/自ら進んで、恥ずべき利得のため/本心から、権力をふるう/群れの模範となる、という三組です。「神の羊の群れ」と「ゆだねられている」にも注目してください。

3. 4節を読んでください。「大牧者」は誰ですか。ペテロは彼らの希望をどこに置いていますか。

リーダーへのヒント:大牧者はキリストです。希望は、キリストが現れるときに受ける、しぼむことのない栄光の冠にあります。目に見える成果や人からの評価ではありません。

解釈

4. 「神の羊の群れ」と「ゆだねられている」を一緒に読むと、「小グループを自分のものにすること」と「責任を何も負わないこと」の両方を、どのように退けられますか。

リーダーへのヒント:この課の中心となる問いなので、十分な時間を取ります。羊は神のものなので、所有できません。一方、私たちにゆだねられているので、責任を手放すこともできず、ゆだねた方に申し開きをします。私たちはどちらへ傾きやすいかを尋ねてもよいでしょう。

5.(時間があれば)小グループで「恥ずべき利得のため」に仕えるとは、どのような姿として現れるでしょうか。

リーダーへのヒント:本文は恥ずべき金銭的利益のために仕えることを禁じています。小グループでは、人から重んじられること、頼られること、感謝されることを求める姿として現れる場合もあります。それも見返りを得ようとする心です。互いを疑う時間にせず、一人ひとりが自分について話してください。

6. 「権力をふるうこと」と「模範となること」には、どのような違いがありますか。具体的な例を挙げてください。

リーダーへのヒント:権力をふるうとは、人を押さえつけ、本人に代わって決めることです。模範になるとは、人から見えるところを先に歩くことです。委託された人にはなお決定する責任があります。理由を説明するか、意見を聞くか、結果を引き受けるかに違いが現れます。

適用

7. あなたが責任を担う関係の中で、小グループ、家庭、職場を含め、予定の調整以上のことができているのはどこですか。相手を知り、養い、守るために、もう少しできることはどこにありますか。(できるだけ具体的に話してみましょう。初めて来た方は、よく導いてもらった経験を話せます)

リーダーへのヒント:リーダーが、自分のできていることと、できていないことの両方を先に話してください。「もう支えきれない」と言う人がいたら、まず聞き、助言を急がず、集会後に個別に話します。

8. 今週、あなたにゆだねられている誰のために、具体的に何を一つしたいですか。

リーダーへのヒント:具体的であるほどよいでしょう。電話を一本かける、食事に誘う、誰か一人のために毎日祈る、などです。この後の行動リストも、その内容に沿って選びます。

祈りと実践

ともに祈る(約15分)

まず一人がⅠペテロ5:2-4をゆっくり読み、2分間静かに過ごします。一人ひとりが、神から自分にゆだねられている人を一人思い浮かべます。望む人は一言か二言祈ってください。声に出したくない人は静かに祈っても構いません。初めて来た方は静かに聞いているだけでよく、祈りや信仰の表明を求められることはありません。最後にリーダーが祈り、グループで人を導く一人ひとりが、自ら進んで仕えられるよう執り成します。祈りの課題は小グループの中に留め、個人的で繊細なことはAppやグループチャットに書きません。通常、後で支えるために記録する必要があるときは、まず本人の同意を得て、必要な一、二文だけを非公開で残します。ただし、子どもや自分を守れない人の安全に関わる場合、または自傷や他害の差し迫った危険がある場合は、同意を前提にせず、直ちに地域の救急、警察、または適切な保護機関へ連絡してください。

次のように祈り始めることができます(祈りの方向):

主よ。あなたのことばは、「あなたがたにゆだねられている神の羊の群れを牧しなさい」と語ります。私たちは時に、この人々を自分のもののように扱い、また時には何の責任も負いたくないと思います。「しいられてするのではなく、神に従って自ら進んでなし」、「ゆだねられた者たちの上に権力をふるうことをしないで、むしろ、群れの模範となるべきである」とあるように仕えさせてください。あなたこそ大牧者であり、この人々を本当に牧しておられる方です。あなたの下に安心して立ち、人から見えるところを先に歩ませてください。主イエスの御名によって祈ります。アーメン。

今週の行動リスト(約5分)

祈った後、下から一つ選び、今週行ってみましょう。一つで十分です。すぐに選べなくても構いません。

記録や報告は必要ありません。望むなら、次回の集まりで話すことができます。できなかったときは、難しかったことをそのまま祈りに持っていきましょう。

続けて話すなら

「初日から増殖に備える」の課(使徒行伝 19:1-10)、または「自分もケアし、次の人を備える」の課(出エジプト記 18:13-27)を選べます。

リーダーガイド