小グループの聖書の学びを導く, 第3課. 読む 使徒行伝 8:26-35. 話し合いが「私はこう思う」で止まり、難しい箇所は避けて通る
中心聖句:使徒行伝 8:26-35
ピリポは馬車へ駆け寄り、最初に「あなたは、読んでいることが、おわかりですか」と尋ねました。宦官は正直に答えます。「だれかが、手びきをしてくれなければ、どうしてわかりましょう」。そこでピリポは馬車に乗り、**彼が読んでいたその箇所から**イエスのことを宣べ伝えました。著者の意図を理解できるよう助けるとは、相手が手にしている箇所から始め、別の話題へ移らないことです。
グループでの聖書の学びは、二番目の段階で止まりがちです。観察を終えてから「皆さんは、この箇所がどういう意味だと思いますか」と尋ねると、話は散らばります。一人ひとりが「私はこう思う」と語り、どの答えにも根拠がありません。分かりにくい所に出会うと、皆が暗黙のうちに避けて通ります。読み終えても、読む前よりこの箇所を理解した人がいないのです。
使徒行伝8章のこの場面は、「人が理解できるよう助ける」姿をよく示す一つの実例です。
まず場面を見ましょう。エチオピヤの宦官がエルサレムで礼拝した帰りに、「自分の馬車に乗って、預言者イザヤの書を読んで」いました(使徒 8:28)。御霊がピリポに「進み寄って、あの馬車に並んで行きなさい」と言いました(使徒 8:29)。
第一の行動は、駆けて行くことです。 「そこでピリポが駆けて行くと」(使徒 8:30)。道端から声をかけたのではなく、そばへ近づきました。
第二の行動は、一つ尋ねることです。 ピリポは「預言者イザヤの書を読んでいるその人の声が聞えたので、『あなたは、読んでいることが、おわかりですか』と尋ね」ました(使徒 8:30)。「信じますか」とも、「説明しましょう」とも言わず、非常に具体的に尋ねました。今読んでいることが分かりますか、と。
宦官の答えは、聖書を学ぶ多くの人の気持ちを代弁しています。
だれかが、手びきをしてくれなければ、どうしてわかりましょう。(使徒 8:31)
「だれかが、手びきをしてくれなければ」。彼は自ら進んでイザヤ書を読んでおり、同時に、だれかの手引きが必要だと正直に認めました。「そして、馬車に乗って一緒にすわるようにと、ピリポにすすめた。」(使徒 8:31)この姿勢に注目してください。一緒に座りました。 立ったまま上から教えたのではありません。
続いて、宦官が読んでいた箇所を本文がそのまま記します。
彼は、ほふり場に引かれて行く羊のように、また、黙々として、毛を刈る者の前に立つ小羊のように、口を開かない。彼は、いやしめられて、そのさばきも行われなかった。だれが、彼の子孫のことを語ることができようか、彼の命が地上から取り去られているからには。(使徒 8:32-33)
そして宦官自身が問いを出します。
お尋ねしますが、ここで預言者はだれのことを言っているのですか。自分のことですか、それとも、だれかほかの人のことですか。(使徒 8:34)
これは「著者はだれについて語っているか」という問いです。 「この箇所から私は何を感じるか」という問いではありません。最後に、「そこでピリポは口を開き、この聖句から説き起して、イエスのことを宣べ伝えた」(使徒 8:35)とあります。「この聖句から説き起して」。宦官が手にし、読んで問いを抱いていた、その箇所から始めました。その後ほかにどの箇所を引用したかは、本文に書かれていません。
この場面から、人が理解できるよう助ける時の行動をいくつか見いだせます。
一、相手が今読んでいる箇所へ近づきます。 別の話題へ移りません。 二、先に話し始めず、「分かりますか」と尋ねます。 分からないと認めることは、理解の始まりです。 三、上から教えず、並んで歩みます。 宦官はピリポを馬車へ招き、一緒に座りました。彼が教えを受ける意思を示したのです。私たちも、みことばを理解できるよう助ける時、並んで一緒に見ます。 四、本文そのものが生む問いに沿って進みます。 宦官の問いは「だれのことか」でした。人物、代名詞、文脈は、まさに尋ねるべきことです。 五、キリストへ導きます。 ピリポは「この聖句から説き起して、イエスのことを宣べ伝え」ました。これが段落全体の方向です。⚠️ ただし、ルカはこの箇所で、ピリポがこのイザヤ書のことばからイエスを宣べ伝えたと明言しています。私たちも聖書全体の証しの中でキリストへ向かいますが、まず各箇所が元の文脈で語る意味を尊重し、すべての細部を無理に予型として読まないようにします。
では、グループで「私はこう思う」を「著者は何を語っているか」へ変えるには、どうすればよいでしょうか。次のような素朴な問いを使えます。
「それは何節から分かりますか。」――皆を本文へ戻します。 「直前の段落は何を語っていますか。」――文脈に答えがあることは少なくありません。 「このことばは、もともとだれに語られましたか。」――受け手がだれかによって、理解は大きく変わります。 「この段落は前後とどうつながっていますか。」――転換や因果を示す語を見ます。
もう二つ、明確にしておきましょう。
第一に、「分からない」と言える場を作ります。 宦官の「だれかが、手びきをしてくれなければ、どうしてわかりましょう」ということばは、聖書に記されました。グループを「分かりません」と言える場にしましょう。まずリーダーが、自分にも分からない点を口にすれば、ほかの人も言いやすくなります。 第二に、難しい所で分かったふりをしたり、避けたりする必要はありません。 調べても分からなければ、「ここは私もまだよく分かりません。調べてみます」と正直に伝え、次回、本当に答えを持って来ます。これは、「柔和に答え、『分かりません』とも言う」課でも扱っています。
この課の着地点は、相手が手にしている箇所から始め、まず「分かりますか」と尋ね、並んで座り、本文そのものが生む問いに沿って進み、キリストまで歩むことです。
1. ピリポは駆けて行きました。 馬車へ近づき、道端から声をかけただけではありません。
2. 最初の問いは具体的でした。 「あなたは、読んでいることが、おわかりですか」。「信じますか」でも、「説明しましょう」でもありません。
3. 「だれかが、手びきをしてくれなければ、どうしてわかりましょう」。 宦官は自ら読んでおり、同時に、だれかの手引きが必要だと正直に認めました。
4. 「馬車に乗って一緒にすわるように」と勧めました。 宦官は教えを受ける意思を示しました。私たちも、上から教えず、並んで一緒に見ます。
5. 宦官は「だれのことを言っているのですか」と尋ねました。 著者がだれについて語っているかという問いであり、「この箇所から私は何を感じるか」という問いではありません。
6. 「この聖句から説き起して」。 宦官が読んでいたその箇所から始めました。その後に何を引用したかは、本文に書かれていません。
7. 方向はキリストです。 ルカは、ピリポがこの聖句からイエスを宣べ伝えたと明言しています。私たちもキリストへ向かいますが、まず各箇所の元の意味を尊重します。
ウォームアップ:だれかに一度一緒に見てもらって、初めて本当に理解できたものがありますか。(説明書、報告書、スポーツのルールなど、何でもかまいません。初めて来た方も話せます。)
リーダーへのヒント:気軽に話します。多くの場合、その人がしたのは「たくさん説明すること」ではなく、「一緒に見ること」だったと気づくでしょう。この問いが後の話への入口になります。
この課の振り返り(リーダーが読み上げます。約1分。予習していない方のためです。)
この課では、使徒行伝8章26~35節を読みます。主の使がピリポに、立って南方へ行き、エルサレムからガザへ下る道に出るよう告げました。ピリポが出かけると、エチオピヤの女王カンダケに仕え、その財宝を管理する高官である宦官がいました。彼は礼拝のためにエルサレムへ上り、帰りの馬車で預言者イザヤの書を読んでいました。御霊がピリポに、馬車へ進み寄って並んで行くよう告げました。ピリポが駆け寄り、イザヤ書を読む声を聞いて、読んでいることが分かるかと尋ねると、宦官は、だれかが手引きしてくれなければどうして分かるかと答え、馬車に乗って一緒に座るよう勧めました。彼が読んでいたのは、ほふり場へ引かれる羊、毛を刈る者の前で黙る小羊のように口を開かず、いやしめられてさばきも行われず、命が地上から取り去られる、と記された箇所でした。宦官は、この預言者がだれについて語っているのか、自分か、ほかの人かと尋ねました。ピリポはこの聖句から説き起こし、イエスのことを宣べ伝えました。今日は、著者の意図を皆が理解できるよう助けることを一緒に考えます。
1. 26~30節を読みます。ピリポはどのような行動をしましたか。最初に何と尋ねましたか。
リーダーへのヒント:立って出かけ、馬車へ進み寄り、駆けて行きました。最初の問いは、「あなたは、読んでいることが、おわかりですか」です。
2. 31~33節を読みます。宦官はどう答えましたか。ピリポに何をするよう勧めましたか。本文にはどの箇所が書き写されていますか。
リーダーへのヒント:「だれかが、手びきをしてくれなければ、どうしてわかりましょう」と答えました。ピリポに馬車へ乗り、一緒に座るよう勧めました。本文には、彼が読んでいたイザヤ書の箇所が書き写されています。
3. 34~35節を読みます。宦官は何を尋ねましたか。ピリポはどこから語り始めましたか。
リーダーへのヒント:預言者がだれについて語っているのか、自分か、ほかの人かと尋ねました。ピリポは「この聖句から説き起して」、イエスのことを宣べ伝えました。
4. ピリポは「説明しましょう」ではなく、「あなたは、読んでいることが、おわかりですか」と尋ねました。この二つの始め方は、その後の対話をどう変えるでしょうか。
リーダーへのヒント:この課の中心となる問いです。十分に時間を取ってください。前者は相手の主体性を尊重し、相手の手にすでにみことばがあることを認めます。私たちはグループで、どちらの言い方から始めることが多いでしょうか。
5.(時間があれば扱う問い)宦官が尋ねたのは「だれのことを言っているのですか」でした。この問いは、「この箇所から私は何を感じますか」とどう違いますか。
リーダーへのヒント:前者は著者が何を語っているかを尋ね、後者は自分の反応を尋ねます。どちらも必要ですが、順序を逆にしてはいけません。先に著者の意図を明らかにしてこそ、適用にも根拠ができます。
6. 「この聖句から説き起して」。なぜピリポは、自分がもっとよく知っている別の箇所へ移らなかったのでしょうか。
リーダーへのヒント:宦官が今読んで困っていたのが、その箇所だったからです。難しいみことばに出会った時、一緒に見続けるか、自分のよく知る箇所へ逃げるかも話せます。
7. その場で行う練習:二人一組で使徒8:32-33を読みます。一人が、実際に抱いているものの個人的すぎない疑問を一つ話します。もう一人はまず聞き、次の中からふさわしい一つを選んで、相手が本文へ戻れるよう助けます。「それは何節から分かりますか」「直前の段落は何を語っていますか」「このことばは、もともとだれに語られましたか」「この段落は前後とどうつながっていますか」。(三分後に役割を交代します。聞くだけにしたい人は見学できます。)
リーダーへのヒント:その場で問いを解決することが目的ではありません。四つの問いを練習します。終わった後、二、三人に感想を話してもらいます。
8. 今週、この四つの問いを使って、どの聖書箇所を読んでみたいですか。
リーダーへのヒント:できるだけ具体的にします。これまで避けてきた箇所を一つ選び、四つの問いを使います。分からないことは書き留め、牧師に尋ねるか、次回グループへ持って来ます。続く行動リストもこれに沿っています。
まず一人に使徒8:30-35をゆっくり読んでもらい、二分間静まります。各自、分からないまま一度も尋ねたことのない聖書箇所を一つ思い浮かべます。祈りたい人は一、二文で、その問いを主に委ねます。声に出したくない人は、静かに祈ることも祈りです。初めて来た方は静かに聞いているだけでよく、祈ることも信仰を表明することもまったく求められません。最後にリーダーがまとめ、グループで聖書の学びを導く兄弟姉妹のために祈ります。祈りの課題はグループ内にとどめ、慎重に扱うべきことはAppにもグループチャットにも書きません。通常、フォローする時はまず本人の同意を得てから、必要な一、二文だけを個人的に記録します。ただし、子どもや自分で自分を守れない人の安全、または差し迫った自傷・他害の危険に関わる時は、本人の同意を前提とせず、直ちに地域の救急、警察、または適切な保護機関へ連絡します。
このように祈り始められます(祈りの方向):
主よ、あの日ピリポは馬車へ駆け寄り、「あなたは、読んでいることが、おわかりですか」と尋ねました。あの人は、「だれかが、手びきをしてくれなければ、どうしてわかりましょう」と答えました。私たちの中にも、長い間聖書を読みながら、口に出せない疑問を抱えている人がいます。どうか私たちのグループを、「分かりません」と言える場にしてください。ピリポのように、近づき、一緒に座り、相手が手にしている箇所から始め、イエスに至るまで歩める姿勢を与えてください。あなたの御名によって祈ります。アーメン。
祈った後、下から一つを選んで今週行います。一つで十分です。すぐに選べなくてもかまいません。
記録も報告も必要ありません。よければ、次に集まった時に話せます。できなかった時は、妨げになったことを祈りの中で神に持って行きましょう。
「良い問いを一つ尋ねる」(ルカ 7:36-50)の課、または「本文に何が書かれているかを皆で見る」(マルコ 8:14-21)の課を選べます。