真の悔い改めへ招き、相手の歩みも尊重する · スモールグループ

福音を伝えることを学ぶ, 第9課. 読む 使徒行伝 16:11-15. 機会を逃すまいと決心を急かしたり、「試しに信じてみて」とだけ言って悔い改めを語れなかったりする。一度話した後は関わりを続けない

中心聖句:使徒行伝 16:11-15

ルカはルデヤが信じた出来事について、鍵となる一言を記しています。「主は彼女の心を開いて、パウロの語ることに耳を傾けさせた」。心の戸を開くのは主です。私たちがするのは、誠実に福音を明らかにし、招きを差し出すことです。自分を主人とする生き方から神へ立ち帰る、真の悔い改めへ招きます。その後は相手の歩みを尊重しながら、一度話しただけで関わりを終わらせないようにします。

はじめに

ここまで来ると、しばしば二つの極端が現れます。一つは焦りです。機会を逃したくないため、話の途中で決心を迫り、「今すぐ信じる決心をしましょう」と言います。もう一つは途切れてしまうことです。一度話して相手にあまり反応がなければ、その後は何もせず、「まだ時ではない」と自分に言い聞かせます。さらに、気づきにくいことがあります。招きを差し出してはいても、ただ「試しに信じてみませんか」と言うだけで、悔い改めについて語っていないことです。

使徒行伝16章には、まったく異なる状況で起きた二つの回心が記されています。一つは安息日の川辺、もう一つは突然の危機が起きた深夜です。⚠️ 聖書は、ルデヤがそれまでどれほどの時を歩んできたかを語っていません。二人を「時間のかかった人と、すぐ信じた人」のように並べてはいけません。

第一の出来事、ルデヤ。 パウロの一行はピリピへ着きました。「ある安息日に、わたしたちは町の門を出て、祈り場があると思って、川のほとりに行った。そして、そこにすわり、集まってきた婦人たちに話をした」(使徒 16:13)。安息日に町の門を出て、祈り場があると思った川辺へ行き、そこにすわって話しました。この箇所は劇的な出来事ではありません。人々を見つけ、腰を下ろし、福音を明らかに語ったのです。

そして、鍵となる言葉が続きます。

ところが、テアテラ市の紫布の商人で、神を敬うルデヤという婦人が聞いていた。主は彼女の心を開いて、パウロの語ることに耳を傾けさせた。(使徒 16:14)

「主は彼女の心を開いて」——この出来事の主語は主です。パウロが語り、主が彼女の心を開き、彼女は耳を傾けました。私たちは語る責任を担い、心の戸を開くのは主です。 この一言は、私たちから重圧を取り除くと同時に、手柄も取り除きます。続いて、彼女と家族がバプテスマを受けると、彼女は、「もし、わたしを主を信じる者とお思いでしたら、どうぞ、わたしの家にきて泊まって下さい」と懇望し、しいて一行を連れて行きました(使徒 16:15)。信じた後、彼女は自分の家を開きました。

第二の出来事、獄吏。 真夜中に地震が起こり、獄の戸がすべて開きました。獄吏は囚人たちが逃げたと思い、つるぎを抜いて自殺しかけました。パウロは大声で、「自害してはいけない。われわれは皆ひとり残らず、ここにいる」と叫びました(使徒 16:28)。獄吏は、「先生がた、わたしは救われるために、何をすべきでしょうか」と尋ねます。パウロとシラスの答えは短いものでした。

ふたりが言った、「主イエスを信じなさい。そうしたら、あなたもあなたの家族も救われます」。(使徒 16:31)

次の節にも注目してください。「それから、彼とその家族一同とに、神の言を語って聞かせた」(使徒 16:32)。 「主イエスを信じなさい」は合言葉ではなく、その後で神の言を明らかに語りました。それからバプテスマを受け、傷を洗い、食事を用意し、「神を信じる者となったことを、全家族と共に心から喜んだ」(使徒 16:34)のです。

では、私たちは人を何へ招くのでしょうか。イエスは宣教を始める時、「時は満ちた、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信ぜよ」と言われました(マルコ 1:15)。パウロは自分の働きを振り返り、人々に「悔い改めて神に立ち帰り、悔改めにふさわしいわざを行うようにと、説き勧めました」(使徒 26:20)と語ります。悔い改めとは、良い行いをいくつか増やすことでも、ただ心を痛めることでもありません。人全体の向きが変わることです。 自分を主人として自分で善悪を決める生き方から神へ立ち帰り、キリストに信頼し、バプテスマを受けてキリストに属することを願うようになります。

イエスは、家を離れた息子のたとえを通して、この方向転換を明確に語られました。遠い所ですべてを使い果たした息子は、「本心に立ちかえって」、「立って、父のところへ帰って、こう言おう、父よ、わたしは天に対しても、あなたにむかっても、罪を犯しました」と言い、「そこで立って、父のところへ出かけ」ました(ルカ 15:17-20)。本心に立ちかえり、罪を認め、立って家へ帰る。これが悔い改めです。 しかも、まだ遠く離れていたのに、「父は彼をみとめ、哀れに思って走り寄り、その首をだいて接吻した」(ルカ 15:20)。私たちが人を悔い改めへ招くのは、その人を、走り寄って息子を抱く父のもとへ帰るよう招くことです。 その招きは明確で真剣なものですが、脅す必要はありません。

これらを合わせると、この課で学ぶべき分別が見えてきます。

第一に、本当に招きを差し出します。 獄吏が「救われるために、何をすべきでしょうか」と尋ねた時、パウロは問いを避けませんでした。いつもこの段階まで語れないなら、恐れに妨げられていないかを主の前で振り返る必要があります。 同時に、相手の状況と、はっきり示された境界を尊重します。 第二に、招きには悔い改めを含めます。 「試しに信じても損はない」という招きではありません。向きを変え、自分自身を神に委ねるよう招きます。入りやすく見せるために、求められることを軽くしてはいけません。 第三に、招いた後で神の言を明らかに語ります。 パウロは、あの一言で終わりませんでした。 第四に、心の戸を開くのは主ですから、無理に迫る必要はありません。 ルデヤの出来事には、それがはっきり記されています。促されて口にしただけの決心は、次に困難が来た時、続かないことがよくあります。 第五に、信じた後にも続きがあります。 ルデヤは家を開き、獄吏は食事を用意しました。家に帰った息子は着物を着せられ、指輪をはめられます。「決心したら終わり」ではありません。

一つ、はっきりさせておきましょう。相手の歩みを尊重することは、一度反応がなかったからといって、その後は関わらないという意味ではありません。 相手がこれからも関わることを望むなら、自然に気にかけ、ふさわしい時にまた話したいかを尋ねられます。これ以上話したくないとはっきり示されたなら、その境界を尊重します。繰り返し迫ることを忠実さと考えるなら、それは境界を越えています。

ですから、この課が目指すことは具体的です。福音と悔い改めへの招きを忠実に明らかにし、催促によって決心を引き出そうとしません。 相手が望むなら、真実な関係の中で寄り添い続けます。今はこれ以上話したくないなら、その境界を尊重し、人の心を開き、帰って来る人を待っておられる主に、その人を委ねます。

学びのポイント

1. この出来事は劇的なものではありません。 町の門を出て、川辺へ行き、腰を下ろして話しました。福音を伝えることは、しばしばこのような行動の積み重ねです。

2. 「主は彼女の心を開いて」——この出来事の主語は主です。 私たちは語る責任を担い、心の戸を開くのは主です。

3. この言葉は、重圧と手柄の両方を取り除きます。 忠実に明らかに語り、自分も誠実に振り返ったなら、相手が信じるかどうかをいつまでも自分で背負う必要はありません。相手が信じても、それは私たちの力によるものではありません。

4. 「神を敬うルデヤ」。 彼女は何の備えもなかった人ではありません。神は多くの場合、すでに働いておられます。

5. 信じた後、彼女は自分の家を開きました。 決心は終点ではありません。

6. 獄吏に対して、パウロは最後まで明確に語り、その後で神の言を詳しく聞かせました。 招きは本当に差し出す必要があり、合言葉だけで終わるものでもありません。

7. 悔い改めとは、人全体の向きが変わることです。 本心に立ちかえり、罪を認め、立って父のもとへ帰ります。良い行いをいくつか増やすことでも、ただ心を痛めることでもありません。

分かち合い

オープニング(約10分)

まずひとこと(リーダーが読み上げます)

グループの中で話したことを、外に持ち出して言い広めることはしません。ただし、例外があります。現在進行中の被害、子どもや弱い立場にある人の安全、または誰かが今すぐ自分や他の人を傷つける危険に関わる場合、リーダーは完全な秘密を約束できません。通常は、まずできる限り本人と相談し、実際に助けられる人に必要な情報だけを伝えます。子どもや自分で自分を守れない人に関わる場合、または差し迫った危険がある場合は、本人の同意を前提とせず、状況に応じて牧師、有資格の専門家、地域の警察、救急・医療機関に連絡します。差し迫った危険がある時はその場で助けを求め、本人を一人にしないでください。

ウォームアップ:人から招かれた時、いちばん安心できた招き方はどのようなものでしたか。(食事、展覧会、初めての場所へ行くことなど、何でもかまいません。初めて来た方も話せます。)

リーダーへのヒント:気軽に話します。多くの人は、何をするのかが明確で、無理強いされないことを挙げるでしょう。この問いが後の話につながります。

この課の振り返り(リーダーが読み上げます。約1分。予習していない方のためです。)

この課では、使徒行伝16章11~15節を読みます。パウロの一行はトロアスから船出してピリピへ着きました。安息日に町の門を出て川辺へ行き、祈り場があると思って、そこにすわり、集まった女性たちに話しました。テアテラ市の紫布の商人で、神を敬うルデヤという女性が聞いていました。主は彼女の心を開き、パウロの語ることに耳を傾けさせました。彼女と家族がバプテスマを受けると、「もし、わたしを主を信じる者とお思いでしたら、どうぞ、わたしの家にきて泊まって下さい」と懇望し、しいて一行を連れて行きました。関連する箇所は同じ章の25~34節です。真夜中に大地震が起き、獄の戸がすべて開きました。囚人たちが逃げたと思った獄吏がつるぎを抜いて自殺しかけると、パウロは、「自害してはいけない。われわれは皆ひとり残らず、ここにいる」と大声で叫びました。獄吏が「救われるために、何をすべきでしょうか」と尋ねると、二人は「主イエスを信じなさい。そうしたら、あなたもあなたの家族も救われます」と答え、その後、彼と家族一同に神の言を語りました。皆がバプテスマを受けました。もう一つの関連箇所はルカによる福音書15章です。家を離れた息子は本心に立ちかえり、立って父のところへ帰ろうと言いました。まだ遠く離れていたのに、父は彼を見つけ、哀れに思って走り寄り、首を抱きました。今日は、真の悔い改めへの招きをどう差し出すかを一緒に考えます。

観察

1. 11~13節を読みます。パウロの一行はどのように人々を見つけましたか。どのような行動をしましたか。

リーダーへのヒント:安息日に町の門を出て、祈り場があると思った川辺へ行き、腰を下ろして話しました。どの行動も、ごく普通のものだったことに注目してください。

2. 14~15節を読みます。ルデヤが信じた出来事で、主語は誰ですか。彼女は信じた後、何をしましたか。

リーダーへのヒント:「主は彼女の心を開いて」——主語は主です。彼女はもともと神を敬っていました。神はすでに彼女のうちに働いておられたのです。信じた後、彼女は一行を自分の家へ招きました。

3. 使徒 16:30-34とルカ 15:17-24を読みます。獄吏は何を尋ね、パウロはどう答え、その後、何をしましたか。家を離れた息子はどのような行動をし、父はどう応じましたか。

リーダーへのヒント:獄吏は、救われるために何をすべきかを尋ねました。パウロは主イエスを信じなさいと答え、その後、彼と家族全員に神の言を語りました。息子は本心に立ちかえり、天に対しても父に対しても罪を犯したと認め、立って家へ帰りました。父は遠くから彼を見つけ、哀れに思って走り寄り、抱きしめました。

解釈

4. 「主は彼女の心を開いて」という言葉は、どのように私たちから重圧と手柄の両方を取り除きますか。

リーダーへのヒント:相手が信じなくても、いつまでも自分を責める必要はありません。相手が信じても、それは私たちの力によるものではありません。このことを知れば、もう少し落ち着いて口を開けるだろうか、と尋ねてもよいでしょう。

5.(時間があれば扱う問い)同じ章にある二つの回心は、まったく異なる状況で起きました。聖書が語っている共通点と相違点は何ですか。どれほど時間がかかったかについて、聖書が語っていないことは何ですか。

リーダーへのヒント:共通しているのは、誰かが神の言を明らかに語り、相手が応答してバプテスマを受けたことです。異なるのは、場所と出来事の進み方です。聖書は、ルデヤがどれほど長い過程を通ったかを語っていません。私たちが勝手に速さを決めてはいけません。

6. 悔い改めとは、何でしょうか。人を信仰へ招く時、なぜ悔い改めを語る必要がありますか。ただ「試しに信じてみてください」と言うだけでは、何が欠けていますか。

リーダーへのヒント:この課の中心となる問いです。十分に時間を取ってください。悔い改めとは、人全体の向きが変わることです。自分を主人として自分で善悪を決める生き方から神へ立ち帰り、キリストに信頼します。悔い改めがなければ、「信じること」が何かを一つ追加するだけになり、生きる方向は変わりません。同時に、悔い改めるとは、走り寄って息子を抱く父のもとへ帰ることであって、取調室へ入ることではないと語ってください。

適用

7. 「悔い改めへの招きを明確に差し出すこと」と「相手の歩みを尊重すること」の間で、あなたはどちらをより学ぶ必要があると思いますか。(よければ、ほかの人の個人的なことに触れない例を一つ話せます。初めて来た方も、人からどのように接してもらったかを話せます。)

リーダーへのヒント:よければ、一、二文で話してもらいます。自分を責める必要はありません。リーダーがまず自分の例を一つ話します。互いを評価する話し合いにしないでください。

8. 今週、その人のために、どんなことを一つしたいですか。

リーダーへのヒント:できるだけ具体的にします。語るべき一言を口にする、もう一度会う約束をする、一度グループへ招く、その人のために祈り、一言声をかける、などです。続く行動リストも、この方向に沿っています。

祈りと実践

ともに祈る(約15分)

一人のメンバーに使徒 16:13-15をゆっくり読んでもらい、続いてルカ 15:20を読んでもらいます。二分間、静かにします。それぞれ心の中でその人を思い浮かべ、「主よ、その人の心を開き、本心に立ちかえって、あなたのもとへ帰れるようにしてください」と祈ります。祈りたい人は、一、二文で祈ります。声に出したくない人は、黙って祈ることも祈りです。初めて来た方は、静かに聞いているだけでよく、祈ったり立場を表明したりする必要はまったくありません。最後にリーダーがまとめ、皆に勇気と忍耐が与えられるよう祈ります。祈りの課題はグループの中にとどめます。個人的で慎重を要する内容はAppに書いたり、グループチャットに送ったりしません。通常、後で関わる時にはまず本人の同意を得て、必要な一、二文だけを個別に記録します。子どもや自分で自分を守れない人の安全、または差し迫った自傷・他害の危険に関わる場合は、本人の同意を前提とせず、直ちに地域の救急、警察、または適切な保護機関に連絡します。

祈りは、次のように始められます。

主よ。パウロは川辺に座って語り、あなたがルデヤの心を開かれました。家を離れた息子がまだ遠くにいる時、父は走り寄って彼を抱きました。私たちは時に焦りすぎ、人の心の中であなたに代わって働こうとします。また時には恐れすぎて、悔い改めについてさえ語れません。語るべき一言を口にする勇気を与えてください。また、その人のそばにもう少し長くとどまれる忍耐を与えてください。主よ、その人の心を開き、あなたのもとへ帰らせてください。イエスのみ名によって祈ります。アーメン。

今週の行動リスト(約5分)

祈りの後、下の中から一つを選び、今週行ってみましょう。一つで十分です。すぐに選べなくてもかまいません。

記録も報告も必要ありません。よければ、次回の集まりで話してください。できなかった時は、どこで難しさを感じたかを祈りの中に持っていきましょう。

続けて話すなら

「福音を明確に語る:十字架と復活」(ローマ 5:6-11)を選んでもよいですし、「母のように、父のように寄り添う」(テサロニケ第一 2:7-12)を選んでもよいでしょう。

リーダーガイド