仕事と召し, 第1課. 読む 創世記 2:8-15. 月曜日になると週末まで耐えることしか考えられず、仕事は生活費を得るためだけだと思う
中心聖句:創世記 2:8-15
神は人をエデンの園に置き、「これを耕させ、これを守らせられた」——これは堕落の前、世界でまだ何一つ問題が起きていなかった時のことです。仕事は罪の結果ではなく、神が人に与えた最初の務めです。
「金曜日まで何とか持ちこたえる」。多くの人の一週間はそのようなものです。月曜日から週末を指折り数え、日曜日の夜にはもう気が重くなります。仕事は、お金のため、子どものため、取り残されないために、仕方なくするものになっています。教会では、さらにこう考えることもあります。霊的なことは教会でするもので、仕事はただ家族を養うためのものだ、と。すると、一週間で最も頭がさえている四十時間ほどが、信仰とは無関係な時間と見なされてしまいます。創世記2章は、この出発点を変えます。
主なる神は東のかた、エデンに一つの園を設けて、その造った人をそこに置かれた。(創世記 2:8) 主なる神は人を連れて行ってエデンの園に置き、これを耕させ、これを守らせられた。(創世記 2:15)
この二つの節はいずれも2章にあります。人はまだ罪を犯しておらず、世界ではまだ何一つ問題が起きていませんでした。人が園に置かれたのは、「耕し、守る」ためです。「耕す」には働くこと、仕えることという意味があり、「守る」には保護し、見守るという意味があります。合わせると、神が造られたものをよく世話するという、人が世界で最初に託された仕事になります。すべてが良かったその場所でも、人の手には初めからするべき仕事がありました。
園そのものにも目を留めるべき点があります。
また主なる神は、見て美しく、食べるに良いすべての木を土からはえさせ、更に園の中央に命の木と、善悪を知る木とをはえさせられた。(創世記 2:9)
聖書は「見て美しく」と「食べるに良い」を並べています。神の創造は人を養うだけでなく、美しさも備えています。仕事をする人が、いい加減にせず、きちんと仕上げることにも、その美しさが映ります。続く数節はエデンから流れ出る川について語り、「その地の金は良く、またそこはブドラクと、しまめのうとを産した」と記します(創世記2:11-12)。この数節は飛ばされがちですが、地の中に貴重な資源があることを語っています。人が後にそれをどのように採掘し、加工し、取引するようになったかについて、この箇所は詳しく述べていません。
では、その後何が変わったのでしょうか。創世記3章になると、地はいばらとあざみを生じ、人は顔に汗してパンを食べることになります。仕事は、神が初めに人へ与えた良い務めです。堕落によって労働には苦しみ、不正、むなしさが入りました。疲労、過当競争、骨折り損もその中にあり、仕事そのものが神のみこころから外れる場合も生まれました。この違いを知ることで、月曜日の朝をどう迎えるかが変わります。仕事そのものが呪いなら、ただ耐えるしかありません。しかし仕事が本来は良いもので、今は困難が入り込んでいるのなら、壊れた世界の中でも、神のみこころにかなうことを忠実に行えます。
コロサイ人への手紙は、このことを日常の働きにつなげています。
何をするにも、人に対してではなく、主に対してするように、心から働きなさい。 あなたがたが知っているとおり、あなたがたは御国をつぐことを、報いとして主から受けるであろう。あなたがたは、主キリストに仕えているのである。(コロサイ人への手紙 3:23-24)
この言葉はもともと、当時の家の僕たち、主人の権威の下で自由が限られていた人々に書かれました。「あなたがたは、主キリストに仕えているのである」。「心から働く」とは、上司が見ていてもいなくても、顧客の目が届いても届かなくても、同じように働くことです。「主に対してするように」とは、最終的にだれに対して責任を負うかを語っています。神に仕えていると思えば仕事が疲れなくなる、という約束ではありません。
ですから、月曜日の朝に取りかかる仕事は、信仰と無関係なものではありません。誤りのない報告書、きれいな溶接、十分に準備された授業、心を込めて作った食事には、それ自体に重みがあります。何か「霊的な意味」を後から付け足さなくても価値があります。だれも見ていないところでも、同じようにきちんと行います。同時に、この課は働き過ぎを美化しません。仕事が良いものだからといって、多く働くほど良いということではありません。神ご自身が第七日にわざを休み、休息を人の歩みのリズムとされました。不正に黙って耐えるよう求めてもいません。パウロは次の節で、「不正を行う者は、自分の行った不正に対して報いを受けるであろう。それには差別扱いはない」(コロサイ人への手紙3:25)と語り、さらに主人たちに、「僕を正しく公平に扱いなさい」(コロサイ人への手紙4:1)と命じています。家事、高齢者の介護、子育て、仕事を探している期間の忙しさも、すべて仕事です。この課は、するべきことを抱えているすべての人に向けたものです。
1. 15節は2章にあります——堕落はまだ起きていません。 世界でまだ何一つ問題が起きていなかった時から、人にはするべき仕事がありました。
2. 「耕す」には働くこと、仕えることという意味があり、「守る」には保護し、見守るという意味があります。 合わせると、神が造られたものをよく世話することです。
3. 「見て美しく」は、「食べるに良い」より先に書かれています。 神が造られたものは役に立つだけでなく、美しくもあります。
4. 川と金について語る数節は飛ばされがちです。 地の中には良いものがあり、人が見つけて用いるのを待っていることを語っています。
5. 仕事は初めから与えられた良い務めであり、堕落によって苦しみ、不正、むなしさが入りました。 仕事そのものが神のみこころから外れる場合も生まれました。
6. コロサイ人への手紙3:23が最初に語られた相手は、家の僕たちでした。 地位が最も低く、尊厳を認められにくい仕事をしていた人々です。
7. 「心から働きなさい」——人に見せるためだけに働くのではありません。
8. 「主に対してするように」とは、責任を負う相手が変わったということです。そう考えれば疲れが消える、という意味ではありません。
9. 「仕事は良いもの」は、「多く働くほど良い」という意味ではありません。 神ご自身が第七日にわざを休まれました。
10. パウロは両方の側に語っています。 次の節では「差別扱いはない」と語り、その後、主人たちに「僕を正しく公平に扱いなさい」と命じています。
ウォームアップ:月曜日の朝、心に最初に浮かぶことは何ですか。(率直に話してかまいません。初めて参加する方も、よければ話してください)
リーダーへのヒント:気軽に尋ねてください。みんな笑うかもしれません。評価せず、「何とか持ちこたえる」という表現を急いで正そうともしないでください。一言ずつ聞いたら、本題に入ります。
この課の振り返り(リーダーが約1分で読み上げます。予習していない方にも分かるように)
この課で読むのは、創世記2章8節から15節です。主なる神は東のかた、エデンに一つの園を設けて、その造った人をそこに置かれました。また、見て美しく、食べるに良いすべての木を土からはえさせられました。エデンから流れ出て園を潤す川があり、そこから四つに分かれました。その一つが巡る地には金があり、その地の金は良く、ブドラクと、しまめのうもありました。15節には、「主なる神は人を連れて行ってエデンの園に置き、これを耕させ、これを守らせられた」とあります。これは2章の出来事で、人はまだ罪を犯していませんでした。あわせて読むのはコロサイ人への手紙3章23節から24節です。「何をするにも、人に対してではなく、主に対してするように、心から働きなさい。あなたがたが知っているとおり、あなたがたは御国をつぐことを、報いとして主から受けるであろう。あなたがたは、主キリストに仕えているのである」。今日は、仕事は堕落の前からあったことについて分かち合います。
1. 15節を読みます。神は人をどこに置き、何をさせましたか。これは何章の出来事ですか。
リーダーへのヒント:エデンの園に置き、耕し、守らせました。2章です——堕落はまだ起きていません。この点がこの課全体の土台なので、はっきり確認してください。
2. 9節と11-12節を読みます。神が木をはえさせたとき、聖書は最初に何と述べていますか。四つの川が巡る地には何がありましたか。
リーダーへのヒント:まず「見て美しく」、その後に「食べるに良い」と述べています。金、ブドラク、しまめのうがあり、「その地の金は良く」ともあります。
3. コロサイ人への手紙3:23-24を読みます。パウロはどのように働くよう命じていますか。なぜですか。私たちが仕えているのはだれですか。
リーダーへのヒント:何をするにも、人に対してではなく、主に対してするように心から働きます。主から御国をつぐことを報いとして受けるからです。仕えているのは主キリストです。この言葉は、もともと当時の家の僕たちに書かれたものだと補足できます。
4. 仕事は堕落の前からありました。それでは、堕落の後に何が変わったのでしょうか。
リーダーへのヒント:この課の中心となる問いです。時間を多めに取ってください。変わったのは環境です。地はいばらとあざみを生じ、人は顔に汗してパンを食べるようになりました。仕事そのものが悪くなったのではありません。「仕事そのものは良いが、今は困難になっているとすれば、月曜日への姿勢はどう変わるでしょうか」と尋ねられます。
5.(時間があれば)聖書は木々について、「見て美しく」、「食べるに良い」と同時に語ります。このことは、良い仕事や良い製品についての私たちの考えを、どのように広げますか。
リーダーへのヒント:神が造られたものは役に立つだけでなく、美しさも備えています。いい加減にせず、きちんと仕上げることも、神に倣って働くことです。整然と組まれた表、きれいな溶接、心を込めて作った食事など、具体的な例を挙げられます。
6. 「主に対してするように」——そう考えさえすれば、仕事は疲れなくなるという意味ですか。
リーダーへのヒント:違います。最終的に責任を負う相手が変わるという意味で、疲れを消す言葉ではありません。この課は残業や過労を正当化するものではないと、ここではっきり伝えてください。神ご自身が第七日にわざを休み、休息を人の歩みのリズムとされました。
7. 今あなたが担っていることのうち、どの部分が「耕し、守る」働きでしょうか。(仕事、家事、高齢者の介護、子育て、求職中の忙しさも含みます)
リーダーへのヒント:求職中の人、退職した人、家事や家族の世話を担う人も参加できるよう、括弧の中も必ず読み上げてください。リーダーが最初に自分のことを話します。
8. 今週、どの一つの仕事を「心から」行いたいですか。
リーダーへのヒント:ずっと間に合わせで済ませてきたことをきちんと仕上げる、書類をもう一度確認する、だれも見ていないところでも同じように行う、というように具体的な一歩へ導きます。続く行動リストも、この方向で選びます。
一人の方に創世記2:15をゆっくり読んでもらい、次にコロサイ人への手紙3:23を読んでもらいます。二分間静かにし、それぞれ明日する仕事を心に思い浮かべます。祈りたい方は一言か二言祈ります。声に出したくない方は、静かに祈るだけでも祈りです。初めて参加する方は静かに聞いているだけでよく、祈ることも信仰を表明することも全く求められません。最後にリーダーがまとめ、グループの一人ひとりの働きのために、また求職中の方や過労に苦しむ方のためにも祈ります。
次のように祈り始めることができます(祈りの方向):
主よ、世界でまだ何一つ問題が起きていなかった時から、人を園に置き、耕し、守らせてくださったことを感謝します。仕事は罰ではなく、あなたから託された務めなのですね。私たちは、一週間で最も頭がさえている時間を、あなたと無関係なもののように扱ってきたことを認めます。月曜日の朝を見る目を変えてください。あなたが造られたものは役に立つだけでなく、美しさも備えています。私たちもいい加減に仕事をしないよう助けてください。何をするにも、主に対してするように心から働きなさいと、あなたは語られます。だれも見ていないところでも忠実でいられるよう守ってください。また、疲れ果てている人、仕事が見つからない人、家で昼夜家族を世話している人を顧みてください。イエスの御名によって祈ります。アーメン。
祈りの後、次の中から一つだけ選び、今週やってみましょう。一つで十分です。すぐに選べなくても大丈夫です。
記録も報告も必要ありません。よければ次回、話してください。できなかったときは、難しかったことを祈りの中へ持っていきましょう。
伝道の書2章17-26節を扱う課「職位は私のアイデンティティではない」、または出エジプト記16章13-30節を扱う課「失業、または停滞している時」を選べます。