人を分け隔てされない神 · スモールグループ

神の栄光, 第29課. 読む 歴代志下 19:4-11. 物事を進めるには人脈や背景がものを言い、自分も気づかないうちに金や権力のある人に丁寧に接している

中心聖句:歴代志下 19:4-11

ヨシャパテ王は各地の町に裁判人を置き、「あなたがたは人のために裁判するのではなく、主のためにするのです」と命じました。「われわれの神、主には不義がなく、人をかたより見ることなく、まいないを取ることもない」からです。神は人の背景によって扱いを変えず、賄賂も受け取られません。パウロは「神には、かたより見ることがない」と語ります。すべての人が同じように神の恵みを必要とし、キリストによって神の御前へ行くことができます。この神を知る私たちも、自分が決定できる所で公平に人を扱うことを学びます。

はじめに

何かをしようとすると、多くの人が初めに考えるのは「誰を知っているか」です。病院では知り合いを探し、子どもの進学にはつてを頼り、手続き一つでも「中に知っている人はいないか」と尋ねます。長くそうしているうちに、自分も知らない間に変わっていきます。お金や権力のある人にはいっそう丁寧に話し、後ろ盾のない人はあまり大切にしなくなります。

歴代志下19章のヨシャパテ王は、少し前に一つの過ちを犯していました。北王国の悪い王アハブと同盟を結び、戦場で危うく死にかけたのです(歴代志下18章)。先見者エヒウは出て来て彼を責め、「あなたは悪人を助け、主を憎む者を愛してよいのですか」(歴代志下 19:2)と言いました。ヨシャパテは帰って来た後、宮殿に隠れませんでした。彼は「ベエルシバからエフライムの山地まで民の中を巡り、先祖たちの神、主に彼らを導き返した」(歴代志下 19:4)のです。それから各地の町に裁判人を置き、こう言いました。

そして裁判人たちに言った、「あなたがたは自分のする事に気をつけなさい。あなたがたは人のために裁判するのではなく、主のためにするのです。あなたがたが裁判する時には、主はあなたがたと共におられます。(歴代志下 19:6)

だからあなたがたは主を恐れ、慎んで行いなさい。われわれの神、主には不義がなく、人をかたより見ることなく、まいないを取ることもないからです」。(歴代志下 19:7)

「人のために裁判するのではなく、主のためにする」。裁判の席に座る人が本当に申し開きをする相手は神です。ですから、神がなさるように事を行わなければなりません。「人をかたより見ることがない」は、原文を直訳すると「人の顔を上げない」です。相手が誰かによって判決を変えないという意味です。神は「まいないを取ることもない」方です。律法はすでにこう語っていました。「賄賂は人の目をくらまし、正しい者の事件をも曲げさせるからである。」(出エジプト記 23:8)賄賂の恐ろしさは、お金のある人が公正を買い、お金のない人が公正を失うことです。

エルサレムでも、ヨシャパテはレビびと、祭司、氏族の長たちを任命し、人々の争いを扱わせました。彼は「あなたがたは主を恐れ、真実と真心とをもって行わなければならない」(歴代志下 19:9)と命じ、最後に「雄々しく行動しなさい。主は正直な人と共におられます」(歴代志下 19:11)と語りました。人を公平に扱うには、しばしば勇気が必要です。つてを使ってほしいという頼みを断る時も、権力のある人に「規則どおりにしましょう」と言う時も、代価を払うことがあります。

これは神ご自身のご性質です。申命記は、主が「神の神、主の主、大いにして力ある恐るべき神」であり、「人をかたより見ず、また、まいないを取らず」(申命記 10:17)と語ります。続いて、神は「みなし子とやもめのために正しいさばきを行い、また寄留の他国人を愛して、食物と着物を与えられる」(申命記 10:18)とあります。神は権力のある人に味方するのではなく、後ろ盾のない人を心にかけられます。

新約聖書で、パウロは「神には、かたより見ることがない」(ローマ 2:11)と語ります。神の御前では、ユダヤ人が生まれによって救われることはなく、異邦人も律法を持たないからといって退けられません。「すべての人は罪を犯したため、神の栄光を受けられなくなっており、彼らは、価なしに、神の恵みにより、キリスト・イエスによるあがないによって義とされる」(ローマ 3:23-24)のです。ペテロも異邦人コルネリオの家で、神は「人をかたよりみないかた」であると語りました(使徒行伝 10:34)。神のもとでは、つてを頼る必要もなく、つてで道を開くこともできません。私たちはキリストによって、一つの御霊の中で父のみもとに近づくことができます(エペソ 2:18)。唯一の道はキリストであり、その道はあらゆる人に開かれています。

誰にでも、何らかの決定をできる場があります。教師は生徒に点をつけ、上司は部下を評価し、医師は患者の順序を決めます。団地で役割を持つ人も、教会で奉仕を割り当てる人もいます。つてがなければ物事を進めにくい状況もあります。この課は、そのような人を裁くためではありません。自分が決定できる所から、公平に歩み始めるよう招くものです。

学びのポイント

1. ヨシャパテの背景。 彼はアハブと同盟を結び、先見者エヒウから責められました(歴代志下18章、19:2-3)。失敗したまま立ち止まらず、帰った後に自ら出て行って民を神へ導き返し、裁判の仕組みも整えました。

2. 「人のために裁判するのではなく、主のためにする」(19:6)。 裁判人が本当に申し開きをする相手は神です。「あなたがたが裁判する時には、主はあなたがたと共におられます」という言葉は、警告であると同時に励ましでもあります。

3. 「人をかたより見ることなく」。 原文を直訳すると「人の顔を上げない」であり、身分や立場を見て扱いを変えることを指します。申命記 10:17の「人をかたより見ず」も同じ表現で、神ご自身を語っています。

4. 「まいないを取ることもない」。 出エジプト記 23:8は、賄賂が人の目をくらませると語ります。賄賂によって公正がお金について回り、最も深い被害を受けるのは、多くの場合、お金も力もない人です。

5. ローマ 2:11の文脈。 パウロは、ユダヤ人もギリシヤ人も神の御前で同じだと語ります。すべての人が罪を犯し、またすべての人がキリスト・イエスによるあがないを通して、価なしに義とされ得ます(ローマ 3:22-24)。

分かち合い

オープニング(約10分)

ウォームアップ:学校にいた頃、先生が生徒によって明らかに態度を変えるのを見たことがありますか。(名前を言う必要はありません。よければ、その出来事でどう感じたかだけ話してください。初めて来た方も話せます。)

リーダーへのヒント:気軽に尋ねてください。「私たちのクラスでは……」という話が出ることもあります。冷たく扱われた痛みを思い出した方には、話してくださったことを感謝します。この問いは「人をかたより見ない」というテーマへの導入です。

課の振り返り(リーダーが読み上げます。約1分。予習していない方のためです。)

この課では歴代志下19章4-11節を読みます。ヨシャパテ王は民の中を巡って主に導き返し、ユダのすべての堅固な町に裁判人を置きました。そして言いました。自分のする事に気をつけなさい。あなたがたは人のために裁判するのではなく、主のためにする。われわれの神、主には不義がなく、人をかたより見ることなく、まいないを取ることもない。エルサレムでは、レビびと、祭司、氏族の長たちを任命し、主を恐れ、真実と真心をもって、雄々しく行動するよう命じました。併せて読むローマ人への手紙2章は、神にはかたより見ることがないと語ります。今日は、人をかたより見ない神について一緒に語り合います。

観察

1. 4-7節を読みます。ヨシャパテは何をしましたか。裁判人に何を覚えるよう命じましたか。神はどのような方だと言いましたか。

リーダーへのヒント:民の中を巡り、神に導き返しました。各地の町に裁判人を置きました。人のためではなく、主のために裁判し、主を恐れ、慎んで行うよう命じました。神には不義がなく、人をかたより見ることなく、まいないを取ることもありません。

2. 8-11節を読みます。エルサレムでは、どのような人々を任命しましたか。彼らにどのように行うよう命じましたか。

リーダーへのヒント:レビびと、祭司、イスラエルの氏族の長たちです。主を恐れ、真実と真心をもって行い、兄弟たちを戒めて主に罪を犯させず、雄々しく行動するよう命じました。

3. ローマ 2:9-11を読み、続いて使徒行伝 10:34-35を読みます。パウロによれば、神はユダヤ人とギリシヤ人をどのように扱われますか。ペテロは何が「ほんとうによくわかってきた」と言いましたか。

リーダーへのヒント:悪を行う者も善を行う者も、ユダヤ人もギリシヤ人も同じです。神にはかたより見ることがないからです。ペテロは、神が民族によって人をかたより見ず、どの国民でも神を敬い義を行う人を受け入れられると分かりました。これは、人が行いによって救いを得るという意味ではありません。ペテロはすぐにコルネリオへイエス・キリストを伝え、「イエスを信じる者はことごとく、その名によって罪のゆるしが受けられる」(使徒行伝 10:43)と語りました。

解釈

4. 「われわれの神、主には不義がなく、人をかたより見ることなく、まいないを取ることもない。」物事を進めるのにつてが求められがちな環境で、このような神を知ることは、私たちにとってどのような意味がありますか。

リーダーへのヒント:この課の中心となる問いなので、十分に時間を取ってください。神の御前では、つてを頼る必要も、つてで道を開くこともできません。すべての人が同じように神の恵みを必要としています。神の御前へ行く唯一の道はキリストです(エペソ 2:18)。このことは、私たちが人をどう扱うかも変えます。

5.(時間があれば扱う問い)19:11は「雄々しく行動しなさい」と語ります。人を公平に扱うには、なぜ勇気が必要なのでしょうか。

リーダーへのヒント:つてを使ってほしいという頼みを断る。受け取るべきでない利益を受け取らない。権力のある人に「規則どおりにしましょう」と言う。そこには代価が伴うことがあります。身近で見た例を、名前を出さずに話せます。

6. ローマ 3:22-24は、すべての人が罪を犯し、またキリスト・イエスによるあがないを通して、価なしに義とされ得ると語ります。福音は、人と人との「上下」をどのように取り除きますか。

リーダーへのヒント:神の御前では、背景によって救われる人は一人もおらず、背景がないために退けられる人もいません。教会では、会社の社長も清掃員も共に主の晩餐を受け、共に神を父と呼びます。

適用

7. あなたには、どこで物事を決める小さな権限がありますか。そこで、誰に対していっそう丁寧になりやすいですか。(一つの場所だけでかまいません。初めて来た方も話せます。)

リーダーへのヒント:リーダーが先に自分のことを話してください。家庭、職場、学校、団地、教会など、どこでもかまいません。批判しません。

8. 今週、どの一つのことについて、神のように公平に人を扱うことを学びたいですか。

リーダーへのヒント:具体的になるよう促してください。本来なら「特別扱い」できることを規則どおりに行う。後ろ盾のない人にも、ほかの人と同じ敬意と時間を向ける。受け取るべきでない利益を丁寧に断る。続く行動リストもこの方向に沿っています。

祈りと実践

ともに祈る(約15分)

まず一人の方に歴代志下 19:6-7をゆっくり読んでもらい、続いてローマ 2:11を読んでもらいます。それから二分間、静かにします。それぞれが、人を見て扱いを変えやすい場面を一つ、心の中で考えます。願う方は一、二文祈ってください。声に出さず、黙って祈ることも祈りです。初めて来た方は静かに聞いているだけでよく、祈ることも信仰の表明も求めません。最後にリーダーがまとめ、職場で公平さのために代価を払っている方々のために祈ります。

次のように祈り始めることができます(祈りの方向)。

わたしたちの神、主よ、あなたには不義がなく、人をかたより見ることなく、まいないを取ることもありません。私たちは、人を見て扱いを変えることがあります。お金や権力のある人には丁寧にし、後ろ盾のない人には冷たくなります。どうかおゆるしください。イエス・キリストにあって、あらゆる人にあなたの御前へ行く道を開き、つても背景も求められないことを感謝します。あなたを恐れ、真実と真心をもって物事を行わせてください。自分が決定できる所で、公平に人を扱う勇気を与えてください。イエスの名によって祈ります。アーメン。

今週の行動リスト(約5分)

祈った後、次の中から今週行うことを一人一つ選びます。一つで十分です。すぐに選べなくてもかまいません。

記録も報告も必要ありません。よければ次の集まりで話してください。できなかった時は、何が難しかったのかを祈りのうちに神の前へ持って行きましょう。

続けて話したい時

「外見で人を見ない神」の課(ヤコブ 2:1-13)、または「義なる統治者、裁き主」の課(詩篇146篇)を選べます。

リーダーガイド