義なる統治者、裁き主 · スモールグループ

神の栄光, 第25課. 読む 詩篇 146 篇. 不当な扱いを受けても訴える場所がなく、自分で正義を取り戻そうとするか、正義そのものを信じなくなる

中心聖句:詩篇 146 篇

詩篇146篇は、「もろもろの君に信頼してはならない。人の子に信頼してはならない」と語ります。人は「その息が出ていけば土に帰る」からです。むしろ、「しえたげられる者のためにさばきをおこな」い、「とこしえに統べ治められる」主に望みを置きます。不当な扱いを受けても、自分で悪をもって返す必要はなく、正義を信じることをやめる必要もありません。神は正義によって治め、さばく方です。神は見ておられ、さばかれます。イエスも不当な苦しみを受けた時、「正しいさばきをするかたに、いっさいをゆだねて」おられました。

はじめに

不当な扱いを受けた苦しさを、多くの人が知っています。職場で功績を奪われたうえ、反対に責任を押しつけられる。貸したお金が返らず、相手から悪い評判まで広められる。家庭の問題は自分の責任ではないのに、最後には自分が悪かったことにされる。訴える場所も見つからず、時間がたつと二つの方向へ傾きます。悔しさをこらえられず、何とか自分で仕返ししようとするか、心が冷え、この世に正義などないとあきらめるかです。

詩篇146篇は、詩篇を締めくくる五つの「ハレルヤ詩篇」の最初です。詩人は冒頭で、「わたしは生けるかぎりは主をほめたたえ」(詩篇 146:2)ると語り、続けて警告します。

もろもろの君に信頼してはならない。人の子に信頼してはならない。彼らには助けがない。(詩篇 146:3) その息が出ていけば彼は土に帰る。その日には彼のもろもろの計画は滅びる。(詩篇 146:4)

「君」や「人の子」は、権力や力を持ち、頼れると思われるあらゆる人を指します。指導者、力のある親戚、いわゆる「コネ」かもしれません。人からの助けには正しい位置があります。しかし最後の望みを、一息絶えれば何もできなくなる人に置くことはできません。詩人は続いて、本当に信頼できる方を語ります。

ヤコブの神をおのが助けとし、その望みをおのが神、主におく人はさいわいである。(詩篇 146:5) しえたげられる者のためにさばきをおこない、飢えた者に食物を与えられる。主は捕われ人を解き放たれる。(詩篇 146:7) 主は盲人の目を開かれる。主はかがむ者を立たせられる。主は正しい者を愛される。(詩篇 146:8) 主は寄留の他国人を守り、みなしごと、やもめとをささえられる。しかし、悪しき者の道を滅びに至らせられる。(詩篇 146:9)

ここに並ぶ働きは、すべて主がなさることです。しえたげられる者、飢えた者、捕らわれ人、盲人、かがむ者、寄留の他国人、みなしご、やもめは、多くの場合、この世で後ろ盾を持たない人々です。神の正義は、ただ座って善悪を判定するだけではありません。だれも顧みない人を、ご自身で立たせることでもあります。最後には、神が悪しき者の道を滅びへ至らせるとあります。私たちの目の前ですぐに起きるとは限りませんが、悪は神の最終的なさばきを免れません。

別の詩篇は、こう語ります。

しかし主はとこしえに、み位に座し、さばきのために、みくらを設けられました。(詩篇 9:7) 主は正義をもって世界をさばき、公平をもってもろもろの民をさばかれます。(詩篇 9:8)

今日、正義が見えないからといって、永遠に正義がないわけではありません。そこでパウロは、「愛する者たちよ。自分で復讐をしないで、むしろ、神の怒りに任せなさい」(ローマ 12:19)と語ります。禁じられているのは、悪をもって悪に返すことです。人に踏みにじられるままでいなければならないという意味ではありません。パウロ自身も不当な扱いを受けた時、当時の法律に従って自分の権利を訴えました(使徒 25:10-11)。助けが必要なら求めてよいのです。ただし、復讐は神へ委ねます。

新約聖書で最も不当な扱いを受けたのはイエスです。「キリストは罪を犯さず、その口には偽りがなかった」(1ペテロ 2:22)のに、偽って訴えられ、罪に定められ、十字架につけられました。ペテロは、イエスが「ののしられても、ののしりかえさず、苦しめられても、おびやかすことをせず、正しいさばきをするかたに、いっさいをゆだねておられた」(1ペテロ 2:23)と語ります。さらに深い言葉が続きます。「十字架にかかって、わたしたちの罪をご自分の身に負われた」(1ペテロ 2:24)のです。十字架で神の正義は脇へ置かれませんでした。罪はさばかれ、そのさばきを、私たちの身代わりとなった方が受けられました。そして将来、世界をさばくのもこの方です。神は「義をもってこの世界をさばくためその日を定め、お選びになったかた」によってそれを行い、この方を死人の中からよみがえらせて、その確証をすべての人に示されました(使徒 17:31)。

ですから、不当な扱いを受けた時、神へ訴え、正当な助けを求めてよいのです。悪をもって返す必要はなく、正義を信じることをやめる必要もありません。「主はとこしえに統べ治められる」(詩篇 146:10)からです。詩人が初めから終わりまで賛美するのは、この世界が最後にはだれの御手にあるかを知っているからです。

学びのポイント

1. ハレルヤ詩篇。 詩篇146~150篇は、どれも「主をほめたたえよ」で始まり、終わります。「主をほめたたえよ」の原語は הַלְלוּ־יָהּ(hallelu-yah)、すなわち「ハレルヤ」です。

2. 「その息が出ていけば」(146:4)。 人の計画は、その命が終わると「その日」に滅びます。詩人は人の限界と、神が「とこしえに真実を守」られること(146:6)を対比しています。

3. 主がなさる九つのこと(146:7-9)。 さばきを行う、食物を与える、解き放つ、目を開く、立たせる、愛する、守る、支える、悪しき者の道を滅びへ至らせることです。旧約聖書の正義は、後ろ盾のない人々を顧みることとして、しばしば具体的に現れます。

4. 「自分で復讐をしない」(ローマ 12:19)。 悪をもって悪に返すことを禁じています。正当な方法で正義を求めることを禁じてはいません。パウロ自身も法律に従って自分の権利を訴えました(使徒 25:10-11)。

5. 世界をさばくのはだれか(使徒 17:31)。 神が立て、死人の中からよみがえらせた方、すなわちイエスによって、神は義をもって世界をさばかれます。最大の不当な苦しみを受けた方が、最後の審判者でもあります。

分かち合い

オープニング(約10分)

初めに一言(リーダーが読み上げます)

グループで話したことを、外へ持ち出して言い広めません。ただし、一つ例外があります。今も続いている被害、子どもや弱い立場にある人の安全、または自分や他人を今すぐ傷つける危険が関わる時、リーダーは完全な秘密を約束できません。通常はまず本人とできるかぎり相談し、実際に助けられる人に必要最小限の情報だけを伝えます。子どもや自分を守れない人が関わる場合、または差し迫った危険がある場合は、本人の同意を前提とせず、状況に応じて牧師、資格を持つ専門家、現地の公安・警察、救急・医療機関へ連絡します。差し迫った危険がある時は、その場で助けを求め、本人を一人にしないでください。

ウォームアップ:子どもの頃、大人から、自分がしていないことで叱られたことはありますか。その後、どうなりましたか。(初めて来た方も話せます)

リーダーへのヒント:気軽に尋ねます。「本当は弟が茶わんを割ったのに」といった話で、笑いが起こることもあります。この問いは、「不当な扱いを受けた時、どうするか」を考える準備になります。

この課の振り返り(リーダーが読み上げます。予習できなかった方のための約1分のまとめです)

この課では詩篇146篇を読みます。詩人は、生きているかぎり主をほめたたえると語ります。君にも人の子にも信頼してはなりません。人の息が出ていけば土に帰り、その計画はその日に滅びるからです。ヤコブの神を助けとし、主に望みを置く人はさいわいです。主は、しえたげられる者のためにさばきを行い、飢えた者に食物を与え、捕らわれ人を解き放ち、盲人の目を開き、かがむ者を立たせ、寄留の他国人を守り、みなしごとやもめを支え、悪しき者の道を滅びへ至らせます。主はとこしえに統べ治められます。あわせて読む詩篇9篇は、主がさばきのためにみくらを設け、正義をもって世界をさばかれると語ります。今日は、正義によって治め、さばく方について一緒に考えます。

観察

1. 1-4節を読みます。詩人は、だれに信頼してはならないと言っていますか。それはなぜですか。

リーダーへのヒント:君にも人の子にも信頼してはなりません。彼らには究極的な助けがなく、息が出ていけば土に帰り、その計画はその日に滅びるからです。

2. 5-9節を読みます。だれを助けとする人がさいわいですか。7-9節で、主がなさることはいくつありますか。どのような人々のためになさいますか。

リーダーへのヒント:ヤコブの神を助けとし、主に望みを置く人です。九つあります。さばきを行う、食物を与える、解き放つ、目を開く、立たせる、愛する、守る、支える、悪しき者の道を滅びへ至らせることです。しえたげられる者、飢えた者、捕らわれ人、盲人、かがむ者、正しい者、寄留の他国人、みなしご、やもめが挙げられます。

3. 10節を読み、続いて詩篇 9:7-8を読みます。この二つの箇所は、主の王権とさばきについて何と語りますか。

リーダーへのヒント:主はとこしえに統べ治められます。さばきのためにみくらを設け、正義をもって世界をさばき、公平をもって諸国の民をさばかれます。

解釈

4. 不当な扱いを受けると、自分で仕返しするか、正義を信じなくなるかのどちらかへ傾きやすいものです。詩篇146篇と9篇は、この二つにどう答えますか。

リーダーへのヒント:この課の中心となる問いです。十分に時間を取ってください。自分で仕返ししたい人には、神がしえたげられる者のためにさばきを行い、見ておられ、さばかれるので、復讐を神へ委ねるよう語ります(ローマ 12:19)。正義を信じられなくなった人には、今日見えない正義が永遠にないわけではなく、主はとこしえに統べ治められると語ります。神へ委ねることは、正当な助けを求めないことではありません。

5.(時間があれば扱う問い)7-9節に挙げられるのは、この世で後ろ盾のないことが多い人々です。神の働きから、神の正義について何が分かりますか。身近な弱い立場の人をどう扱うよう教えられますか。

リーダーへのヒント:正義は善悪を判定するだけでなく、かがむ者を立たせることでもあります。雇った人へ期日どおりに賃金を払う、いじめられている子どもに気づく、一人暮らしの高齢者を訪ねる、といった具体例へ導いてください。

6. イエスは最も不当な扱いを受けましたが、「正しいさばきをするかたに、いっさいをゆだねて」おられました。そして将来、義をもって世界をさばくのもイエスです(使徒 17:31)。これは不当な扱いを受けた私たちに、どのような慰めを与えますか。

リーダーへのヒント:イエスは不当な扱いの痛みをご存じです。悪をもって返さず、ご自身を神へ委ねられました。十字架で罪はさばかれ、そのさばきをイエスが受けられました(1ペテロ 2:24)。将来のさばきもイエスの御手にあります。

適用

7. 不当な扱いを受け、今も手放せない経験がありますか。(話してよいと思う範囲だけで十分です。詳しく話す必要も、名指しする必要もありません。初めて来た方も話せます)

リーダーへのヒント:リーダーが先に自分のことを話します。だれが正しいかを判定せず、すぐに赦すよう勧めません。今も続いている被害や危険について話す人がいたら、オープニングの原則に従って対応します。

8. 今週、そのことを正義の神へどのように委ねたいですか。

リーダーへのヒント:具体的になるよう助けてください。不当な扱いを、飾らずに神へ話すこと、復讐の考えを一つ手放すこと、必要なら助けられる人を探し、正当な手段を取ることなどです。この後の行動リストも、この方向に沿っています。

祈りと実践

ともに祈る(約15分)

一人に詩篇 146:5-10をゆっくり読んでもらい、皆で二分間静まります。それぞれ、不当な扱いを受けた一つのことを心の中で神へ委ねます。希望する人は、短くひと言、ふた言祈ります。声に出したくない人は、静かに祈ることも祈りです。初めて来た方は静かに聞くだけでよく、祈ることも信仰の立場を表明することも求めません。最後にリーダーがまとめ、不当な扱いを受け、訴える場所を持たない人のために執り成します。祈りの課題はグループ内にとどめます。慎重に扱うべきことはアプリにもグループチャットにも書きません。通常のフォローは、まず本人の同意を得てから、必要な一、二点だけを非公開で記録します。子どもや自分を守れない人の安全が関わる場合、または自分や他人を今すぐ傷つける危険がある場合は、同意を前提にせず、直ちに現地の救急、公安・警察、適切な保護機関へ連絡します。

祈りは、次のように始めてもよいでしょう。

主よ、あなたはしえたげられる者のためにさばきを行い、かがむ者を立たせ、寄留の他国人を守り、みなしごとやもめを支えられます。私たちの中には、不当な扱いを受け、訴える場所もなく、怒りや失望を抱えている者がいます。これらをあなたへ委ねます。どうか見て、正しくさばいてください。イエスがののしられても悪をもって返さず、ご自分をあなたへ委ね、十字架で私たちの罪を担われたことを感謝します。私たちが悪をもって悪に返さず、正義を信じることもやめないようにしてください。あなたはとこしえに統べ治められます。イエスのみ名によって祈ります。アーメン。

今週の行動リスト(約5分)

祈りの後、下から一つを選んで今週行います。一つで十分です。すぐに選べなくてもかまいません。

記録も報告もいりません。よければ次の集まりで話してください。できなかった時には、どこで難しくなったかを祈りのうちに神へ持って行きましょう。

さらに話したい時

「人を分け隔てされない神」の課(歴代志下 19:4-11)、または「あわれみと公正」の課(イザヤ 58:6-12)を選べます。

リーダーガイド