働くことを喜ばれる神 · スモールグループ

神の栄光, 第21課. 読む 出エジプト記 20:8-11. 仕事を重荷としか思えないか、忙しすぎて止まれない。働くことと休むことの釣り合いを失っている

中心聖句:出エジプト記 20:8-11

十戒の第四の戒めは、「六日のあいだ働いてあなたのすべてのわざをせよ」と命じ、七日目を聖なる日として守るよう命じています。その理由は、神ご自身が六日間に天地を造り、七日目に休まれたことです。神はご自分のみわざを喜び、造ったすべての物を見て、「はなはだ良かった」とされました。イエスも、「わたしの父は今に至るまで働いておられる。わたしも働くのである」と言われます。働くことは神から人に与えられた尊厳であり、休むことは神からの贈り物です。キリストにあって、私たちはよく働き、安心して立ち止まることができます。

はじめに

今の時代、私たちの仕事に対する思いは複雑です。月曜日になるたびに憂うつになり、仕事は背負わなければならない重荷で、早く退職できる日ばかりを待ち望む人がいます。一方で、夜十一時にもメッセージに返信し、週末にも働き、何もしないと不安になり、働かなければ自分に価値がないと感じる人もいます。一人は仕事を軽く見すぎ、もう一人は重く見すぎていますが、どちらも疲れています。

聖書の冒頭で、神はすでに働いておられます。光と闇を分け、天と地、海、獣、人を造られました。六日目には、「神が造ったすべての物を見られたところ、それは、はなはだ良かった」(創世記 1:31)とあります。神はご自分の御手のわざを喜ばれました。人が造られると、園で働くよう置かれました。「主なる神は人を連れて行ってエデンの園に置き、これを耕させ、これを守らせられた。」(創世記 2:15)働くことは、人が罪を犯す前からありました。人が罪を犯した後、地はいばらとあざみを生じ、働くことは苦労を伴うものとなりましたが(創世記 3:17-19)、働くこと自体がのろいなのではありません。

十戒の第四の戒めは、働くことと休むことを結びつけています。

安息日を覚えて、これを聖とせよ。(出エジプト記 20:8) 六日のあいだ働いてあなたのすべてのわざをせよ。(出エジプト記 20:9)

七日目には、自分だけでなく、「あなたもあなたのむすこ、娘、しもべ、はしため、家畜、またあなたの門のうちにいる他国の人」(出エジプト記 20:10)も仕事をしません。その理由は次のとおりです。

主は六日のうちに、天と地と海と、その中のすべてのものを造って、七日目に休まれたからである。それで主は安息日を祝福して聖とされた。(出エジプト記 20:11)

神が休まれたのは、疲れたからではありません。イザヤ書は、神が「弱ることなく、また疲れることなく」(イザヤ 40:28)と語ります。神は七日目に、完成した創造のわざをやめて休まれました。そして創世記 1:31によれば、造られたすべての物を見て、はなはだ良かったとされました。神のかたちに造られた人も、そのリズムに従って暮らします。よく働き、よく休みます。申命記がこの戒めを改めて語る時には、別の理由も示します。「あなたはかつてエジプトの地で奴隷であった」(申命記 5:15)ことを覚えるためです。奴隷は、いつ仕事をやめるかを自分で決められません。安息日は、解放されたイスラエルの民に、同じ重荷を再びほかの人へ負わせてはならないと思い起こさせます。そこには特に、「こうしてあなたのしもべ、はしためを、あなたと同じように休ませなければならない」(申命記 5:14)と記されています。休みは、お金や時間に余裕のある人だけのものではありません。

安息日は、冷たい決まりでもありません。イエスは安息日に、三十八年も病んでいた人をいやされました。そのため迫害された時、こう答えられました。

そこで、イエスは彼らに答えられた、「わたしの父は今に至るまで働いておられる。わたしも働くのである」。(ヨハネ 5:17)

神は七日目に創造のわざを休まれましたが、今も万物を支え、いのちを与え、あわれみを行っておられます。イエスは安息日に病人をいやし、「わたしの父は今に至るまで働いておられる。わたしも働くのである」と語って、父と共にいのちを与えるわざを行うことを示されました(ヨハネ 5:19-23参照)。聞いた人々もそれを理解し、イエスが「自分を神と等しいものとされた」(ヨハネ 5:18)と言いました。イエスはまた、「安息日は人のためにあるもので、人が安息日のためにあるのではない」(マルコ 2:27)とも語られました。

このように、働くことと休むことは、同じ神から出ています。働く時には、「主に対してするように、心から働きなさい」(コロサイ 3:23)とあるように働けます。立ち止まる時には、世界を支えているのは自分ではなく、神だと認めます。詩篇は、「主はその愛する者に、眠っている時にも、なくてならぬものを与えられる」(詩篇 127:2)と語ります。最も深い安息はイエスにあります。「すべて重荷を負うて苦労している者は、わたしのもとにきなさい。あなたがたを休ませてあげよう。」(マタイ 11:28)ヘブル人への手紙4章は、この安息を、神の約束に信頼してその安息に入るという流れの中に置きます。キリストが救いを成し遂げてくださったので、私たちは自分の成果によって神に受け入れていただく必要はありません。今から、将来完成する安息を味わい始めることができます。この安息があれば、仕事を偶像にする必要も、苦役にする必要もありません。

学びのポイント

1. 「覚えて」「聖とせよ」。 この戒めは、ただ「働いてはならない」と言うだけではありません。この日を覚え、取り分けて神にささげます。「聖なる」とは、取り分けられていることです。

2. 誰が休むのか(20:10)。 むすこ、娘、しもべ、はしため、家畜、門のうちにいる他国の人も含まれます。安息日は、家族全体、しもべたち、家畜、町の寄留者を含みます。権限を持つ人が、休みを自分だけのものにしてはいけません。

3. 二つの理由。 出エジプト記 20:11は創造を理由とします。人は神ご自身にならい、働いて休みます。申命記 5:15は出エジプトを理由とします。解放された人は、もう奴隷のように働かされません。

4. 神の安息。 疲れたからではなく(イザヤ 40:28)、完成した創造のわざをやめられたのです(創世記 2:2)。神は今も万物を支え、いのちを与えておられます(ヨハネ 5:17)。

5. キリスト者が安息日をどのように守るかについては、理解が分かれます。 土曜日を守る人もいれば、多くの教会のように主日の日曜日に集まって礼拝する人もいます。また、一週間に一日を休みのために取り分ける原則を強調する人もいます。この課で扱うのは、神が人に与えたリズムと贈り物です。ここで誰が正しいかを決めません。どの実践を選ぶとしても、中心は同じです。キリストにあって神を礼拝し、自分が限りある人間だと認め、自分の権限の影響を受ける人も休めるようにします。

分かち合い

オープニング(約10分)

ウォームアップ:初めてした仕事は何ですか。子どもの頃に家でしていた手伝いでもかまいません。今振り返ると、どのように感じますか。(初めて来た方も話せます。)

リーダーへのヒント:気軽に尋ねてください。牛の世話、店番、チラシ配り、初めて給料をもらった時など、いろいろな話が出るでしょう。この問いは、「神も働かれる」という話への導入になります。

課の振り返り(リーダーが読み上げます。約1分。予習していない方のためです。)

この課では出エジプト記20章8-11節を読みます。安息日を覚えて、これを聖とします。六日のあいだ働いてすべてのわざをしますが、七日目は神である主の安息です。この日には、自分も、むすこ、娘、しもべ、はしため、家畜、門のうちにいる他国の人も、何のわざもしてはなりません。主が六日のうちに天と地と海と、その中のすべてのものを造り、七日目に休まれたからです。それで主は安息日を祝福し、聖とされました。併せて読むヨハネによる福音書5章では、イエスが安息日に病人をいやしたために迫害されます。そこでイエスは、「わたしの父は今に至るまで働いておられる。わたしも働くのである」と言われました。今日は、働くことを愛される神について一緒に語り合います。

観察

1. 8-10節を読みます。この戒めは、六日間をどのように過ごし、七日目をどのように過ごすよう求めていますか。七日目に仕事をしないのは、誰ですか。

リーダーへのヒント:六日のあいだ働いて、すべてのわざをします。七日目は覚えて聖とし、何のわざもしてはなりません。むすこ、娘、しもべ、はしため、家畜、門のうちにいる他国の人も含まれます。

2. 11節を読み、続いて創世記 2:2-3を読みます。安息日を守る理由は何ですか。神は七日目に何をされましたか。

リーダーへのヒント:主が六日のうちに天、地、海と、その中のすべてのものを造り、七日目に休まれたからです。創造のすべてのわざを休み、七日目を祝福して聖とされました。

3. ヨハネ 5:16-17を読み、続いて申命記 5:14-15を読みます。イエスは安息日に病人をいやした後、ご自分について何と語られましたか。申命記は、安息日を守るためにどのような理由を加えていますか。

リーダーへのヒント:「わたしの父は今に至るまで働いておられる。わたしも働くのである」と語られました。申命記は、かつてエジプトで奴隷であったこと、神がそこから導き出されたことを覚えるよう求めます。また、しもべとはしためを、自分と同じように休ませます。

解釈

4. 神は六日間働いて七日目に休まれ、イエスは「わたしの父は今に至るまで働いておられる」と語られました。神ご自身の姿から見ると、働くことと休むことは、それぞれ何でしょうか。「仕事はただの重荷だ」と思う人と、「忙しくて立ち止まれない」人に、それぞれどのような言葉を与えますか。

リーダーへのヒント:この課の中心となる問いなので、十分に時間を取ってください。働くことは神ご自身もなさることであり、尊厳があります。休みは、神が祝福された日であり、贈り物です。仕事をただの重荷と感じる人には、主に対してするように働けると伝えます。立ち止まれない人には、世界はあなたが支えているのではなく、立ち止まることも信頼なのだと伝えます。自分はどちらに傾きやすいか尋ねてもよいでしょう。

5.(時間があれば扱う問い)申命記は、「あなたのしもべ、はしためを、あなたと同じように休ませなければならない」と語ります。雇用主、上司、親、客として、この言葉は私たちにどのような注意を与えますか。

リーダーへのヒント:権限を持つ人は、ほかの人が休めるよう配慮します。夜遅くに部下へ仕事の指示を送らない。家事を手伝ってくれる人にも休みの日を確保する。フードデリバリーや宅配便の配達員に、もう少し寛容に接する、といった具体的な方向へ導いてください。

6. イエスは「すべて重荷を負うて苦労している者は、わたしのもとにきなさい。あなたがたを休ませてあげよう」と語られました。この安息は、一日休暇を取ることとどう違いますか。私たちの仕事とどのように関わりますか。

リーダーへのヒント:休暇は主に体を休ませます。イエスが与える安息は、人がイエスのもとへ来て弟子となり、すでに成し遂げられた救いのうちに、自分の成果によって受け入れてもらおうとしなくてよいことです。また、将来完成する神の安息を味わい始めます(ヘブル 4:9-10)。この安息があれば、仕事を偶像にする必要も、苦役にする必要もありません。

適用

7. あなたはどちらに近いですか。仕事をただの重荷と考えがちですか。それとも、いつも忙しくて立ち止まれませんか。(一つを話すだけでかまいません。初めて来た方も話せます。)

リーダーへのヒント:リーダーが先に自分のことを話してください。どちらもよくあることで、二つを行き来する人もいます。裁かないでください。

8. 今週、仕事または休みについて、どのようなことを一つ変えてみたいですか。

リーダーへのヒント:具体的になるよう促してください。仕事を重荷と感じる人は、日常の仕事を一つ、主に対してするように行ってみます。立ち止まれない人は、仕事の連絡をオフにする時間を取り、家族と過ごすか、静かに聖書を読みます。自分で時間を決められない人は、スマートフォンを見ずに一食を取ることから始められます。続く行動リストもこの方向に沿っています。

祈りと実践

ともに祈る(約15分)

まず一人の方に出エジプト記 20:8-11をゆっくり読んでもらい、続いてマタイ 11:28を読んでもらいます。それから二分間、静かにします。それぞれが、自分の仕事と疲れを心の中で神に委ねます。願う方は一、二文祈ってください。声に出さず、黙って祈ることも祈りです。初めて来た方は静かに聞いているだけでよく、祈ることも信仰の表明も求めません。最後にリーダーがまとめ、働きすぎて疲れている方、仕事が見つからない方、自分で勤務時間を決められない方のために祈ります。

次のように祈り始めることができます(祈りの方向)。

天地を造られた主よ、あなたは働き、また休まれます。造ったすべての物を見て、はなはだ良かったとされました。働くことを私たちに託し、休みを与えてくださることを感謝します。私たちは、仕事をただの重荷と考えることも、自分の価値を決めるものとして忙しく働き続けることもあります。働く時には主に対してするように働き、立ち止まる時には、世界を支えておられるのはあなただと知ることができますように。すべて重荷を負うて苦労している者に、「わたしのもとにきなさい。あなたがたを休ませてあげよう」と語られるイエスを感謝します。イエスの名によって祈ります。アーメン。

今週の行動リスト(約5分)

祈った後、次の中から今週行うことを一人一つ選びます。一つで十分です。すぐに選べなくてもかまいません。

記録も報告も必要ありません。よければ次の集まりで話してください。できなかった時は、何が難しかったのかを祈りに持っていきましょう。

続けて話したい時

「仕事は堕落以前からあった」の課(創世記 2:8-15)、または「役割を分かち、共に働かれる三位一体の神」の課(マタイ 3:13-17)を選べます。

リーダーガイド