慰め、強めてくださる神 · スモールグループ

神の栄光, 第15課. 読む イザヤ書 40:1-11. 心は乱れ、体は疲れ、周囲の言葉が心の奥まで届かない

中心聖句:イザヤ書 40:1-11

神は、「慰めよ、わが民を慰めよ」と言われます。「ねんごろに語る」とは、原語では「心に語りかける」ことです。神の慰めには確かな内容があります。とがは赦され、神ご自身が来られます。神は牧者のように、「そのかいなに小羊をいだき、そのふところに入れて携えゆき、乳を飲ませているものをやさしく導かれる」方です。そして、「わたしはあなたを強くし、あなたを助け、わが勝利の右の手をもって、あなたをささえる」と約束されます。

はじめに

心が乱れ、からだが疲れている時、周りの人はさまざまなことを言います。「気持ちを切り替えて」「考えすぎないで」「みんな同じだよ」「もっと祈らないと」。たいていは善意から出た言葉ですが、心には届かないことがよくあります。かえって孤独になることもあります。自分の苦しみを本当には見てもらえなかったように感じるからです。最も疲れている時には、本当に心に語りかけてくれる人が必要です。

イザヤ書40章は、将来捕囚となって帰還を待つ民へ目を向け、預言として慰めを告げます。これらの言葉は後に、離散した民の希望ともなりました。前半の1章から39章までは、ほとんどが裁きの言葉です。しかし40章に入ると、語調が一変します。神が最初に口にされるのは、「慰めよ、わが民を慰めよ」(イザヤ 40:1)という言葉です。二度繰り返され、良い知らせを早く伝えようとする人のようです。続いて、こう語られます。

ねんごろにエルサレムに語り、これに呼ばわれ、その服役の期は終り、そのとがはすでにゆるされ、そのもろもろの罪のために二倍の刑罰を主の手から受けた。(イザヤ 40:2)

「ねんごろに語る」は、原語を直訳すると「心に語りかける」です。神の慰めには内容があります。苦難の時は満ち、とがは赦されました。神は痛みに正面から向き合わせると同時に、最も重い問題はすでに扱われたと告げます。

続いて声が、「荒野に主の道を備え」るよう呼びかけます。谷は高くされ、山と丘は低くされます。「こうして主の栄光があらわれ」るからです(イザヤ 40:3-5)。イザヤの文脈では、主が荒野に道を開き、民を帰還させるという宣言です。四福音書はさらにこの言葉を、イエスのために道を備えたバプテスマのヨハネに当てはめます(マタイ 3:3)。主ご自身が来られるという栄光の約束は、最終的にキリストにおいて現れました。その後に、とても率直な言葉が続きます。人はみな草であり、花はしぼみます。人の力も人の約束も、頼りきることはできません。「草は枯れ、花はしぼむ。しかし、われわれの神の言葉はとこしえに変ることはない」(イザヤ 40:8)。慰めの言葉の中で人の弱さに触れるのは、本当の慰めは、同じように弱く、失われていくものを土台にはできないからです。

最後に、とても優しい情景が描かれます。

よきおとずれをシオンに伝える者よ、高い山にのぼれ。よきおとずれをエルサレムに伝える者よ、強く声をあげよ、声をあげて恐れるな。ユダのもろもろの町に言え、「あなたがたの神を見よ」と。(イザヤ 40:9) 主は牧者のようにその群れを養い、そのかいなに小羊をいだき、そのふところに入れて携えゆき、乳を飲ませているものをやさしく導かれる。(イザヤ 40:11)

直前の節は、神が大能をもって来られ、「その腕は世を治める」と語ります(イザヤ 40:10)。その同じ腕が、ここでは小羊を抱いて、ふところに入れます。乳を飲ませているものは、「やさしく導かれる」のです。神は疲れた者を追い立てて前へ急がせません。誰がもう歩けないかを知っておられます。イエスは、「わたしはよい羊飼である。よい羊飼は、羊のために命を捨てる」と言われました(ヨハネ 10:11)。この羊飼いは、最後にはご自分の命を差し出されました。

次の章で神は、ご自分の「しもべ」と呼ばれるイスラエルに語られます。

恐れてはならない、わたしはあなたと共にいる。驚いてはならない、わたしはあなたの神である。わたしはあなたを強くし、あなたを助け、わが勝利の右の手をもって、あなたをささえる。(イザヤ 41:10)

「強くする」「助ける」「支える」。この三つを行われるのは、すべて神です。この言葉はまず、契約の民に与えられた、神が共におられるという約束です。キリストにあって神の民とされた信者も、神の臨在によって慰めを受けられます。ただし、あらゆる困難が自分の期待どおり、すぐに消えるという保証として扱うことはできません。信仰があっても、休息や治療が必要なくなるわけではありません。からだが疲れたなら休みます。長く眠れない、気分の落ち込みが続くなど、心の不調があるなら、医療を受け、有資格の専門家に助けを求めることもできます。この課が伝えるのは、そうしたすべての土台に、あなたの心へ語りかける神がおられ、疲れた小羊をふところに抱いてくださるということです。パウロは、神を「慰めに満ちたる神」と呼びます。私たちも神から受けた慰めによって、人を慰めることができます(コリント人への第二の手紙 1:3-4)。

学びのポイント

1. 裁きから慰めへ。 イザヤ書40章は、全書の新しい区切りを始めます。将来捕囚となり、神に導かれて帰還するエルサレムへ目を向けています。41:10も、「わがしもべ」と呼ばれるイスラエルに語られた言葉で(41:8-10)、契約の民に対する、神が共におられるという約束です。

2. 「ねんごろに語り」。 原語はדַּבְּרוּ עַל־לֵב(dabberu al-lev)で、直訳すると「心に語りかける」です。優しく、人の心を動かすように語ることを表します。

3. 「二倍の刑罰」。 意味は簡単には確定できません。刑罰を十分に受けたという意味かもしれません。大切なのは、苦難の時が満ち、とがが赦されたという点です。

4. 40:3とバプテスマのヨハネ。 イザヤ書では、民の帰還の道を開く宣言です。四福音書はさらに、「荒野に主の道を備え」という言葉を、バプテスマのヨハネに当てはめます(例えばマタイ 3:3)。彼はイエスのために道を備えました。

5. 同じ腕。 40:10は「その腕は世を治める」と語り、40:11は「そのかいなに小羊をいだき、そのふところに入れて携えゆき」と語ります。大能と優しさが、同じ神のうちにあります。

分かち合い

オープニング(約10分)

初めに確認すること(リーダーが読み上げます)

グループで話したことは、外へ持ち出して言いふらしません。ただし、一つ例外があります。今起きている被害、子どもや弱い立場の人の安全、または誰かが今すぐ自分や他人を傷つける危険が関係する時、リーダーは完全に秘密にすると約束できません。通常は、できる限り本人と相談し、実際に助けられる人に必要な情報だけを伝えます。子どもや自分を守れない人が関係する時、または差し迫った危険がある時は、本人の同意を前提にせず、状況に応じて牧師、有資格の専門家、現地の公安・警察、救急または医療機関へ連絡します。差し迫った危険がある時はその場で助けを求め、本人を一人にしません。

ウォームアップ:あなたが疲れている時、人からどのような一言をかけられると最も慰められますか。どのような言葉は、あまり役に立ちませんか。(初めて来た方も、話したい範囲で話してかまいません)

リーダーへのヒント:気軽に話せる問いですが、人の傷ついた経験を笑い話にしないでください。真剣に聞いてもらえなかった経験を話す人がいれば、まず話してくれたことに感謝し、最後まで聞きます。この問いは、「心に語りかける」ことへの導入です。

この課の振り返り(リーダーが読み上げます。約1分。予習していない方のためです)

この課ではイザヤ書40章1-11節を読みます。神は、民を慰め、エルサレムにねんごろに語り、その服役の期は終り、とがはすでに赦されたと告げるよう命じられます。声は、荒野に主の道を備えるよう呼びかけ、主の栄光が現れると告げます。人はみな草で、草は枯れ、花はしぼみます。しかし、私たちの神の言葉はとこしえに変わりません。よきおとずれを伝える者は声を上げ、「あなたがたの神を見よ」と言います。主は牧者のように群れを養い、そのかいなに小羊を抱き、ふところに入れて携え、乳を飲ませているものをやさしく導かれます。あわせて読むのはイザヤ書41章です。「恐れてはならない、わたしはあなたと共にいる。わたしはあなたを強くし、あなたを助け、わが勝利の右の手をもって、あなたをささえる」。今日は一緒に、慰め、強めてくださる神について話し合います。

観察

1. 1-2節を読みます。神は人々に何をするよう命じましたか。エルサレムに何を告げるのでしょうか。

リーダーへのヒント:わが民を慰め、エルサレムにねんごろに語ります。服役の期は終り、とがはすでに赦されたと告げます。「ねんごろに語る」の原語は「心に語りかける」という意味だと説明してもよいでしょう。

2. 6-8節を読みます。ここで人は何にたとえられていますか。何がとこしえに変わりませんか。

リーダーへのヒント:人は草に、その麗しさは野の花にたとえられます。草は枯れ、花はしぼみます。しかし神の言葉はとこしえに変わりません。

3. 9-11節を読み、続いて41:10を読みます。よきおとずれを伝える人は何と言うのでしょうか。神はどのような牧者ですか。41:10で神は、何をすると約束されますか。

リーダーへのヒント:「あなたがたの神を見よ」と言います。牧者のように、小羊をかいなに抱き、乳を飲ませているものをやさしく導かれます。共にいて、強くし、助け、勝利の右の手で支えてくださいます。

解釈

4. 多くの慰めの言葉は「心に届きません」。神が「心に語りかける」慰めは、一般的な慰めとどこが違いますか。

リーダーへのヒント:この課の中心となる問いです。十分に時間を取ります。神の慰めには内容があります。とがは赦され、神ご自身が来られ、共にいて、支えてくださいます。私たちが人を慰める時、教えを伝えるだけなのか、その人と共にいるのかを尋ねてもよいでしょう。

5.(時間があれば扱う問い)6-8節は、人が草のようであり、花はしぼむと語ります。慰めの言葉の途中で、なぜ人の弱さに触れるのでしょうか。

リーダーへのヒント:本当の慰めは、同じように枯れていくものを土台にはできません。神の言葉だけが、とこしえに変わりません。人の弱さを語るのは、確かに立てる場所を示すためです。

6. 11節の牧者は、「乳を飲ませているものをやさしく導かれる」方です。神は疲れて歩けない人に、どのように接してくださいますか。この姿から、イエスのどのような姿を思い出しますか。

リーダーへのヒント:ふところに抱き、やさしく導き、追い立てません。疲れた人、子ども、弱い人をイエスがどのように扱われたかを思い出せます。ヨハネ10:11では、よい羊飼いは羊のために命を捨てます。

適用

7. 最近、どのようなことで心が最も乱れ、疲れていますか。(話したい範囲だけでかまいません。初めて来た方も、話したい範囲で話してかまいません)

リーダーへのヒント:リーダーがまず自分のことを話します。先に聞き、急いで聖書の言葉や助言を伝えません。長く眠れないこと、気分の落ち込み、自分の命を絶ちたい思いが語られた時は、前にある医療と自殺リスクについての注意に沿って対応します。差し迫った危険がある時は、集まりの後まで待ちません。

8. 今週、神の慰めをどのように受け取りたいですか。また、その慰めをどのように別の人へ届けられるでしょうか。

リーダーへのヒント:具体的な行動へ導きます。今週、どこかの朝にイザヤ41:10を読む、本当に静かな時間を取る、教えを語らず、共にいることが伝わる一言を疲れた人にかける、などです。続く行動リストも、この答えにつなげます。

祈りと実践

ともに祈る(約15分)

まず一人のメンバーにイザヤ40:1-2をゆっくり読み、続いて40:11と41:10を読んでもらいます。皆で二分間静まり、それぞれ心の中で、自分の心の乱れと疲れを神にゆだねます。希望する人は一言か二言祈ります。声に出したくない人にとっては、静かに祈ることも祈りです。初めて来た方は静かに聞いているだけでよく、祈ることも信仰の立場を表明することもまったく求めません。最後にリーダーがまとめ、疲れてもう歩けないグループの人々のために祈ります。祈りの課題はグループの中にとどめ、敏感なことはアプリにもグループチャットにも書きません。通常、継続して支える時は、まず本人の同意を得てから、必要な一言か二言だけを個人的に記録します。子どもや自分を守れない人の安全、または今すぐ自分や他人を傷つける危険が関係する時は、同意を前提にせず、直ちに現地の救急、公安・警察、または適切な保護機関へ連絡します。

次のように始めてもよいでしょう(祈りの方向):

慰めに満ちた神よ、あなたは「慰めよ、わが民を慰めよ」と言われます。私たちの心は乱れ、からだは疲れ、多くの言葉が心まで届きません。それでもあなたは心に語りかけてくださいます。とがは赦され、あなたご自身が来てくださいました。牧者のように疲れた小羊をふところに抱き、歩けない者をやさしく導いてくださることを感謝します。私たちを強くし、助け、勝利の右の手で支えてください。そして、受けた慰めを身近な人へ届けさせてください。イエスの御名によって祈ります。アーメン。

今週の行動リスト(約5分)

祈った後、一人ひとりが下の中から一つを選び、今週行います。一つで十分です。すぐに選べなくてもかまいません。

記録も報告も要りません。よければ次の集まりで話してもかまいません。できなかった時は、何が妨げになったかを祈りの中で主に持っていきましょう。

続けて話したいなら

詩篇139:1-12を扱う「決して見捨てない神」の課、または哀歌3:1-33を扱う「毎朝、もう一度向き合う」の課を選べます。

リーダーガイド