神の栄光, 第10課. 読む 詩篇 145 篇. 欠けているものばかり見て、毎日受けている食べ物、日差し、平安に気づくことが少ない
中心聖句:詩篇 145 篇
詩篇145篇には、「主はすべてのものに恵みがあり、そのあわれみはすべてのみわざの上にあります」「あなたはみ手を開いて、すべての生けるものの願いを飽かせられます」とあります。毎日の食事、日差し、眠ることのできた一夜は、惜しみなく与える神のみ手から来ます。神は「すべての物を豊かに備えて楽しませて」くださり、ご自分の御子をも惜しまずに与えられました。神が与えてくださったものに目を留めると、心は与え主へと連れ戻されます。感謝と分かち合いは、この恵みが結ぶ実です。
私たちの目は、欠けているものに向きがちです。給料が人より少し少ない、家が少し狭い、子どもの成績が少し低い、体のあちらこちらが痛む。足りないものはとても具体的で、毎日目に入ります。一方、見えなくなりやすいものもあります。今日、食事ができたこと。外へ出て太陽を見たこと。夜、眠る場所があること。家族が無事であること。あまりにも当たり前に思えて、初めからあって当然だと考えてしまいます。
詩篇145篇は、初めから終わりまで賛美に満ちた詩です。ヘブライ語のアルファベット詩で、各節がおおむね文字の順番に始まります。初めから終わりまで歌いながら、神の恵みを一つ一つ数え上げるような詩です。詩人はこう歌い始めます。
わたしは日ごとにあなたをほめ、世々かぎりなくみ名をほめたたえます。(詩篇145:2)
「日ごとに」という言葉は、賛美を日常生活の中へ運びます。続いて詩人は、神のご性質を歌います。
主は恵みふかく、あわれみに満ち、怒ることおそく、いつくしみ豊かです。(詩篇145:8) 主はすべてのものに恵みがあり、そのあわれみはすべてのみわざの上にあります。(詩篇145:9)
神の恵みはすべてのものに及び、そのあわれみは、造られたすべてを覆います。詩の中ほどでは、描写がとても具体的になります。
主はすべて倒れんとする者をささえ、すべてかがむ者を立たせられます。(詩篇145:14) よろずのものの目はあなたを待ち望んでいます。あなたは時にしたがって彼らに食物を与えられます。(詩篇145:15) あなたはみ手を開いて、すべての生けるものの願いを飽かせられます。(詩篇145:16)
「み手を開いて」という言葉には、惜しみなく手を大きく広げる姿が描かれています。詩人は、すべての養いの源をほめたたえます。それでも、現実にある欠乏を消し去ってはいません。詩篇には、乏しさの中からの嘆願も数多くあります。私たちが口にする一口一口をたどっていけば、すべては開かれたそのみ手から来ています。
新約聖書にも、「あらゆる良い贈り物、あらゆる完全な賜物は、上から、光の父から下って来る」とあります(ヤコブ1:17)。パウロは富んでいる人々に、「たよりにならない富に望みをおかず、むしろ、わたしたちにすべての物を豊かに備えて楽しませて下さる神に、のぞみをおくように」と命じます(テモテ第一6:17)。神が物を与えてくださるのは、私たちがそれを楽しむためです。食事のおいしさ、雨上がりのすがすがしさ、家族と笑い合う夜は、十分に楽しんでよい贈り物です。ただし、贈り物が与え主の代わりになることはできません。
詩篇145篇には、「この代はかの代にむかってあなたのみわざをほめたたえ」るという言葉もあります(詩篇145:4)。感謝は言葉にし、次の世代へ伝えていくものです。子どもたちにも、家の食卓がどのように与えられているかを知らせます。神の惜しみない与え方が最もはっきり示されたのは、キリストにおいてです。「ご自身の御子をさえ惜しまないで、わたしたちすべての者のために死に渡されたかたが、どうして、御子のみならず万物をも賜わらないことがあろうか」(ローマ8:32)。御子さえ与えられた神は、物惜しみする方ではありません。神はキリストにおいて、まず私たちにみ手を開かれました。聖霊はこの恵みによって、固く握りしめた私たちの手を少しずつ開き、感謝と分かち合いを恵みの実として結ばせてくださいます。
1. アルファベット詩。 詩篇145篇は、おおむねヘブライ語のアルファベット順に構成され、「初めから終わりまで、余すところなく」賛美することを表します。現存するマソラ本文では נ(nun)に当たる一行が欠けていますが、一部の古い写本と訳にはその一行が残っています。それが原文に属するかどうかについて、研究者の見解は分かれています。
2. 8節に響く言葉。 「恵みふかく、あわれみに満ち、怒ることおそく、いつくしみ豊か」という言葉は、出エジプト34:6で神がモーセの前にご自分の名を宣言されたときの言葉で、旧約聖書で繰り返し引用されています。
3. 「すべてのもの」「すべてのみわざ」。 9、15、16節は、神の養いをすべての人と生き物へ広げます。教会では、これを神の「一般恩寵」と呼ぶことがあります。イエスも、天の父は悪い者の上にも良い者の上にも太陽をのぼらせると言われました(マタイ5:45)。
4. 「願いを飽かせる」は、豊かさの保証ではありません。 この詩は養いの源を賛美していますが、この世に欠乏する人がいないとは述べていません。詩篇には、乏しさの中からの嘆願も数多くあります。
5. 「楽しませて下さる」。 テモテ第一6:17は、神が「すべての物を豊かに備えて楽しませて」くださると述べます。神が与えたものを楽しむこと自体は良いことです。パウロが警告するのは、たよりにならない富に望みを置くことであり、楽しむことに反対しているのではありません。
ウォームアップ:最近食べた中で、いちばん満たされた食事は何でしたか。(初めて参加した方も、よければ話してください)
リーダーのヒント:気軽に尋ねてください。きっと話が弾むでしょう。「その食事は、どのようにしてあなたの前まで届いたのでしょう」と続けてもよいでしょう。この問いは、「日常の恵み」につながります。
この課の振り返り(リーダーが読み上げます。予習していない方のために、約1分)
この課で読むのは、詩篇145篇です。詩人は「わが神、王よ、わたしは日ごとにあなたをほめます」と歌います。この代はかの代に向かって、神のみわざをほめたたえます。主は恵み深く、あわれみに満ち、怒ることおそく、いつくしみ豊かです。主はすべてのものに恵みがあり、そのあわれみはすべてのみわざの上にあります。倒れようとする者を支え、よろずのものに時にしたがって食物を与え、み手を開いて、すべての生けるものの願いを飽かせます。誠をもって主を呼ぶ者に、主は近いのです。あわせて読むテモテ第一6章は、たよりにならない富に望みを置かず、すべての物を豊かに備えて楽しませてくださる神に望みを置くよう教えます。今日は「惜しみなく与えられる神」について、ともに考えます。
1. 1-7節を読んでください。詩人はどのように神を賛美しようとしていますか。この代は、かの代に何をすると言っていますか。
リーダーのヒント:日ごとに神をほめ、世々限りなくみ名をほめたたえます。この代はかの代に向かってみわざをほめたたえ、神の大能と豊かな恵みを宣べ伝えます。
2. 8-9節と14-16節を読んでください。神は人にどう接し、造られたすべてのものをどう扱われますか。
リーダーのヒント:恵み深く、あわれみに満ち、怒ることおそく、いつくしみ豊かな方です。すべてのものに恵みがあり、あわれみはすべてのみわざの上にあります。倒れる者を支え、かがむ者を立たせ、時にしたがって食物を与え、み手を開いて、すべての生けるものの願いを飽かせます。
3. 17-21節とテモテ第一6:17を読んでください。神はどのような人に近いですか。パウロによれば、神がすべての物を豊かに備えてくださるのは、私たちがどうするためですか。
リーダーのヒント:神は、誠をもって主を呼ぶ人に近い方です。すべての物を豊かに備えて楽しませてくださいます。たよりにならない富ではなく、神に望みを置きます。
4. 詩人は「あなたはみ手を開いて、すべての生けるものの願いを飽かせられます」と歌います。現実に足りないものがある中で、すでに与えられているのに見落としやすい贈り物は何ですか。それに気づくことは欠乏を消しませんが、与え主へ向き直るうえでどのような助けになりますか。
リーダーのヒント:この課の中心となる問いです。十分に時間を取ってください。参加者を「感謝する人」と「不安になる人」に分けないでください。経済的な圧迫があれば、不安になるのは自然なことです。すでに受け取ったものと、なお足りないものの両方を神の前へ持って行くことが大切です。「受け取ったものに気づくことは、足りないものについて祈るのに、どう役立つでしょう」と尋ねてもよいでしょう。
5.(時間に余裕があれば)神は「すべての物を豊かに備えて楽しませて」くださいます。神の贈り物を十分に楽しみながら、その贈り物に望みを置かないためには、どうすればよいでしょうか。
リーダーのヒント:楽しむときには、贈り主を覚えます。失ったときにも、その方はおられます。おいしい食事、旅行、気に入った品物などを例に挙げることができます。
6. ローマ8:32には、神が「ご自身の御子をさえ惜しまないで」与えられたとあります。このことは、神が惜しみなく与える方だと信じるうえで、どのような助けになりますか。
リーダーのヒント:最も尊い御子さえ与えられた神は、物惜しみする方ではありません。同時に、ローマ8:32は8:28-39とともに読む必要があります。十字架は、神がキリストに属する人のために究極的な善を成し遂げられたことを示し、何ものも私たちをキリストの愛から引き離せないことを保証します。この節は、今の世で欲しいものをすべて得られるとは約束していません。
7. 今日、ここまでの間に受け取った、ごく日常的な恵みを三つ挙げるとしたら何ですか。(初めて参加した方も、よければ話してください)
リーダーのヒント:まずリーダー自身が話してください。日常的なものであるほどよいでしょう。温かいスープ一杯、順調に走ったバス、子どもの一度の抱擁などです。
8. 今週、どのように神の恵みを数え、また受け取ったものを人と分かち合いたいですか。
リーダーのヒント:具体的に考えられるよう助けてください。二晩を選んで三つの恵みを書き、余っているものを一つ、必要としている人に贈ります。次の行動リストは、そのためのものです。
まず一人の方に、詩篇145:8-9と145:14-16をゆっくり読んでもらい、二分間静かにします。それぞれが、今日受けた恵みを三つ心の中で数えます。希望する方は、感謝の言葉を中心に、一言か二言祈ってください。声に出したくない方にとっては、黙って祈ることも祈りです。初めて参加した方は静かに聞くだけでよく、祈ったり立場を表明したりする必要はまったくありません。最後にリーダーがまとめ、欠乏の中にいる方々のためにとりなします。
次のように祈り始めることができます(祈りの方向):
私たちの神、私たちの王よ、私たちは日ごとにあなたをほめたたえます。あなたはみ手を開いて、すべての生けるものの願いを飽かせてくださいます。今日食べた物、見た日の光、眠ることのできた一夜は、すべてあなたのみ手から来ました。私たちは足りないものばかりを見つめ、感謝を忘れることがあります。御子さえ惜しまずに与えてくださったことを感謝します。あなたの贈り物を喜び、受け取ったものを人にも分ける者としてください。イエスのみ名によって祈ります。アーメン。
祈った後、次の中から一人一つ、今週行うことを選びます。一つで十分です。すぐに選べなくてもかまいません。
記録も報告も必要ありません。よければ次回、話してください。できなかったときは、何が妨げになったのかを祈りの中へ持って行きましょう。
「慈しみと熱意に満ちた神」の課(ゼパニヤ3:14-20)、または「喜んでささげる」の課(コリント第二8:1-15)を選ぶことができます。