神の栄光, 第5課. 読む 出エジプト記 3:1-15. 仕事、住宅価格、健康、関係はすべて変わり、頼れるものが一つも見つからない
中心聖句:出エジプト記 3:1-15
モーセは荒野で燃えるしばを前に、神の名を尋ねました。神は、「わたしは、有って有る者」と言われました。神は何かに支えられて存在するのではなく、時とともに変わることもありません。モーセが最も自信を失っていた時、「わたしは必ずあなたと共にいる」と言われました。すべてが変わる世界で、神は「今いまし、昔いまし、やがてきたるべき者、全能者」です。
ここ数年、多くの人が足元の定まらない感覚を抱いています。仕事は突然なくなり、業界は瞬く間に変わります。家を買えば値下がりが怖く、買わなければ値上がりが怖い。健康診断の結果に一行増えただけで、心が大きく揺れます。長年の友人との関係が、ささいな一件で切れてしまうこともあります。頼れるものを探し回っても、見つけたものはどれも変わっていきます。
出エジプト記3章のモーセも、とても不安定な場所に立っていました。エジプトの王宮で育ちながら、人を殺したためミデヤンへ逃れ、そこで約四十年を過ごしました。ある日、妻の父の羊を飼いながらホレブ山へ行き、不思議な光景を目にします。
ときに主の使は、しばの中の炎のうちに彼に現れた。彼が見ると、しばは火に燃えているのに、そのしばはなくならなかった。(出エジプト記 3:2)
火は燃えているのに、しばはそこにあり続けます。神は炎の中からモーセの名を呼び、「あなたが立っているその場所は聖なる地だからである」と言って、くつを脱ぐよう命じられました(出エジプト記 3:5)。そして神は言われます。
また言われた、「わたしは、あなたの先祖の神、アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である」。モーセは神を見ることを恐れたので顔を隠した。(出エジプト記 3:6)
何百年が過ぎても、この神はなおアブラハム、イサク、ヤコブの神です。続いて言われます。「わたしは、エジプトにいるわたしの民の悩みを、つぶさに見、また追い使う者のゆえに彼らの叫ぶのを聞いた。わたしは彼らの苦しみを知っている」(出エジプト記 3:7)。見て、聞いて、知り、そして「わたしは下って、彼らをエジプトびとの手から救い出」すと言われます(出エジプト記 3:8)。
モーセの最初の反応は、「わたしは、いったい何者でしょう。わたしがパロのところへ行って、イスラエルの人々をエジプトから導き出すのでしょうか」というものでした(出エジプト記 3:11)。神はモーセがどのような人物かを説明せず、ただ「わたしは必ずあなたと共にいる」と言われました(出エジプト記 3:12)。モーセはさらに、民からあなたの名は何かと尋ねられたら、何と答えればよいかと問います。
神はモーセに言われた、「わたしは、有って有る者」。また言われた、「イスラエルの人々にこう言いなさい、『「わたしは有る」というかたが、わたしをあなたがたのところへつかわされました』と」。(出エジプト記 3:14)
「有って有る者」の原語は אֶהְיֶה אֲשֶׁר אֶהְיֶה(ehyeh asher ehyeh)で、「私は、私である者」とも、「私は、私となる者」とも訳すことができます。神の存在は誰かから与えられたものではなく、何かに支えられてもおらず、時がたって失われることもありません。興味深いことに、12節の「わたしは必ずあなたと共にいる」の「いる」には、同じ動詞が使われています。自らあり、永遠におられる神は、高い所でじっと動かない方ではありません。自分には力がないと思い、問い続ける人にご自分の名を告げる時、「わたしは共にいる」と答えられたのです。続いて、「これは永遠にわたしの名、これは世々のわたしの呼び名である」と言われます(出エジプト記 3:15)。
新約聖書の最後の書は、同じ響きをもつ言葉で神を語ります。
今いまし、昔いまし、やがてきたるべき者、全能者にして主なる神が仰せになる、「わたしはアルパであり、オメガである」。(黙示録 1:8)
アルパとオメガはギリシア語のアルファベットの最初と最後の文字です。神はすべての始まりにおられ、すべての終わりにもおられます。詩篇は、天地は衣のように古びるが、「しかしあなたは変ることなく、あなたのよわいは終ることがありません」と語ります(詩篇 102:27)。イエスも、「アブラハムの生れる前からわたしは、いるのである」と言われました(ヨハネ 8:58)。
ですから、この課は、変化に何も感じないようにと求めるものではありません。失業も病気も関係の破綻も現実です。悲しい時は悲しみ、すべきことがあれば対処します。ただ、変わり続けるすべてのものの下には、真実で変わることのない主がおられます。ご自分の民に語った言葉を取り消されない方です。燃えるしばの中からモーセに「わたしは必ずあなたと共にいる」と言われた神は、イエス・キリストにあって自ら私たちの間に来られました。復活された主も、ご自分に属する人々に、「見よ、わたしは世の終りまで、いつもあなたがたと共にいるのである」と約束されました(マタイ 28:20)。ヘブル人への手紙は、「イエス・キリストは、きのうも、きょうも、いつまでも変ることがない」と語ります(ヘブル 13:8)。
1. 「しばは火に燃えているのに、そのしばはなくならなかった」。 聖書はこの光景の意味を説明していません。神が臨在しても滅ぼさないことを表すと見る人もいれば、苦しみながら滅ぼされなかったイスラエルと結びつける人もいます。確実に言えるのは、神が自らモーセに現れたということです。
2. 見る、聞く、知る、下る。 7-8節には、いくつもの動詞が続きます。自らあり、永遠におられる神は、人の世界から遠く離れた方ではありません。苦しみを見て、自ら下り、救い出してくださいます。
3. 「有って有る者」。 原語 אֶהְיֶה אֲשֶׁר אֶהְיֶה(ehyeh asher ehyeh)は、「私は、私である者」とも、「私は、私となる者」とも理解できます。どちらも同じことを指し示します。神の存在と働きは、誰かによって決められるものではありません。
4. 「ヤハウェ」。 15節の名 יהוה(YHWH)は、「ある、いる」という動詞と関係しています。中国語の和合本は「耶和華」と訳し、多くの中国語訳では「上主」としています。
5. 「アルパ、オメガ」。 ギリシア語のアルファベットの最初と最後の文字で、神がすべてのものより先におられ、すべてのものの後にもおられることを意味します。
初めに一言(リーダーが読み上げます)
グループで話したことを、外で言い広めることはしません。ただし、例外があります。現在進行中の被害、子どもや弱い立場の人の安全、または誰かが今すぐ自分や他人を傷つける危険がある場合、リーダーは完全な秘密を約束できません。通常はまず、できる限り本人と相談し、実際に助けられる人に必要な情報だけを伝えます。子どもや自分を守れない人が関わる場合、または差し迫った危険がある場合は、本人の同意を前提とせず、状況に応じて牧師、資格を持つ専門家、現地の公安/警察、救急または医療機関に連絡します。差し迫った危険がある時はその場で助けを求め、本人を一人にしないでください。
ウォームアップ:ここ数年、あなたの身の回りで最も大きく変わったことは何ですか。(町、業界、家庭の変化などでかまいません。初めて来た方も話せます)
リーダーへのヒント:気軽に、種類だけを話します。失業、引っ越し、親が年を取ったことを話す人もいるでしょう。どれもかまいません。この問いが、「すべてが変わる」という話への導入になります。
この課の振り返り(リーダーが読み上げます。約1分。予習していない方のためです)
この課では出エジプト記3章1~15節を読みます。モーセがホレブ山で羊を飼っていると、しばは火に燃えているのになくなりませんでした。神はしばの中から「モーセよ、モーセよ」と呼び、「足からくつを脱ぎなさい。あなたが立っているその場所は聖なる地だからである」と言われました。「わたしは、あなたの先祖の神、アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である。わたしは民の悩みをつぶさに見た。わたしは下って、彼らを救い出す」。モーセが「わたしは、いったい何者でしょう」と尋ねると、神は「わたしは必ずあなたと共にいる」と言われました。さらに神の名を尋ねると、「わたしは、有って有る者」と答え、「これは永遠にわたしの名」と語られました。あわせて読む黙示録1章で、主なる神は、「わたしはアルパであり、オメガである。今いまし、昔いまし、やがてきたるべき者、全能者」と言われます。今日は一緒に、自らあり、永遠におられる神について話し合います。
1. 1-6節を読みます。モーセは何をしている時にしばを見ましたか。神はモーセに何をするよう命じ、ご自分をどのように紹介されましたか。
リーダーへのヒント:荒野で羊を飼っていました。しばは火に燃えているのになくなりません。神は、立っている場所は聖なる地だから、くつを脱ぐよう命じられました。そしてアブラハム、イサク、ヤコブの神だと語られました。
2. 7-10節を読みます。神は何を見て、聞いて、知っていると言われましたか。何をしようとしておられますか。
リーダーへのヒント:民の悩みを見、叫びを聞き、苦しみを知っておられます。下って彼らを救い、良い広い地へ導き、モーセをつかわそうとしておられます。
3. 11-15節を読みます。モーセはどのような二つの問いをしましたか。神はそれぞれ、どのように答えられましたか。
リーダーへのヒント:「わたしは、いったい何者でしょう」。神は、「わたしは必ずあなたと共にいる」と答えられました。「その名は何というのですか」。神は、「わたしは、有って有る者」と答え、「主」が永遠にご自分の名であると語られました。
4. すべてが変わる世界で、「わたしは、有って有る者」という名は、頼れるものを見いだせない人にとって、どのような意味を持ちますか。
リーダーへのヒント:この課の中心となる問いです。十分に時間を取ります。神の存在は何かに支えられず、時がたって失われることもありません。ご自分の民への真実さは変わりません。この名がどのような場面で語られたか、続けて尋ねてもよいでしょう。(自分には力がないと思う人に、「わたしは必ずあなたと共にいる」と答えられた場面です。)
5.(時間があれば扱う問い)モーセは「わたしは、いったい何者でしょう」と尋ねましたが、神の答えは「わたしは必ずあなたと共にいる」でした。この答えは、あなたに何を気づかせますか。
リーダーへのヒント:私たちはまず、自分が十分に良いかどうかを確かめようとします。しかし神は先に、ご自分が共にいると知らせてくださいます。12節と14節に同じ動詞が使われていることに触れてもよいでしょう。
6. 黙示録 1:8は、神を「今いまし、昔いまし、やがてきたるべき者」と語ります。このことは、自分の過去、現在、将来を見つめるうえで、どのような助けになりますか。
リーダーへのヒント:過去の出来事にも神はおられ、今の困難にもおられ、まだ分からない将来にもおられます。ヘブル 13:8の、「イエス・キリストは、きのうも、きょうも、いつまでも変ることがない」という言葉へつなげてもよいでしょう。
7. 最近の変化の中で、何が最もあなたを不安にさせますか。(種類だけでかまいません。初めて来た方も話せます)
リーダーへのヒント:リーダーが自分のことを先に話します。詳しく尋ねず、すぐに助言もしません。失業や病気など現実的な困難を話す人がいたら、集まりの後で何か手伝えることがないか尋ねてください。
8. 今週、そのことを変わらない神に、どのように委ねたいですか。
リーダーへのヒント:具体的なことへ導きます。今週二度、それを祈りに持っていく。紙に書いて委ねる。同時に、するべき現実的なことを一つ行う、などです。委ねるとは、何もしないことではありません。続く行動リストも、この答えにつなげます。
まず一人のメンバーに出エジプト記 3:7-8をゆっくり読み、続いて3:14を読んでもらいます。皆で二分間静まり、それぞれ変わりつつあるあのことを心の中で神に委ねます。希望する人は一言か二言祈ります。声に出したくない人にとっては、静かに祈ることも祈りです。初めて来た方は静かに聞いているだけでよく、祈ることも信仰の立場を表明することもまったく求めません。最後にリーダーがまとめ、変化の中にいるグループの人々のために祈ります。祈りの課題はグループ内にとどめます。慎重に扱うべきことはAppにもグループチャットにも書きません。後のケアが必要な時は、まず本人の同意を得てから、必要な一、二点だけを非公開で記録します。子どもや自分を守れない人の安全、または差し迫った自傷・他害の危険が関わる時は、本人の同意を前提とせず、直ちに現地の救急、公安/警察、または適切な保護機関に連絡します。
次のように始めてもよいでしょう(祈りの方向):
自らあり、永遠におられる主よ、あなたはアブラハム、イサク、ヤコブの神であり、私たちの神でもあります。私たちの身の回りでは、仕事も体も人間関係も、すべてが変わります。多くのことを自分ではつかんでおけません。あなたが見て、聞いて、知っておられることを感謝します。自分には力がないと思っていたモーセに、「わたしは必ずあなたと共にいる」と言われたことを感謝します。イエス・キリストにあって私たちの間に来て、共におられる主となってくださったことを感謝します。私たちが足元を失いそうな時、あなたが今いまし、昔いまし、やがてきたるべき方であることを思い起こさせてください。イエスの御名によって祈ります。アーメン。
祈った後、一人ひとりが下の中から一つを選び、今週行います。一つで十分です。すぐに選べなくてもかまいません。
記録も報告も要りません。よければ次の集まりで話してもかまいません。できなかった時は、何が妨げになったかを祈りの中で主に持っていきましょう。
列王紀上18:20-39を扱う「まことに生きておられる神」の課、または民数記23:13-24を扱う「真実で、偽りのない神」の課を選べます。