万物を造られた神 · スモールグループ

神の栄光, 第3課. 読む ヨブ記 38:1-18. 世界は偶然に生まれ、自分も偶然の存在にすぎないと感じる

中心聖句:ヨブ記 38:1-18

ヨブは苦しみの中で多くの「なぜ」を問い、神はつむじ風の中から答え、地の基、海の境、朝の光を見せられました。世界は偶然の産物ではなく、基を据え、境を定めた創造者がおられます。この世界を造られた神は、「すべての人々に命と息と万物とを与え」、しかも「われわれひとりびとりから遠く離れておいでになるのではない」方です。

はじめに

今日、多くの人の心には、あまり口に出されない一つの世界像があります。宇宙の背後には目的を与える創造者がおらず、地球はたまたま生命に適し、人間もたまたま現れた、という見方です。このように考える人も、人との関係や責任、自分で選んだ目標の中に意味を見いだし、多くの人が真剣に生きています。ただ、夜が深まり静かになった時や、言葉も出ないほど苦しい時、心に問いが浮かぶことがあります。私が生まれたこと、努力していること、苦しんでいることには、どこかに始まりと向かう先があるのだろうか、と。

ヨブは、最も苦しい時にこの問いに直面しました。財産も子どもたちも健康も失い、友人たちは次々に、きっと罪を犯したからだと言いました。ヨブは多くの「なぜ」を問い続けます。書物の終わり近くで、ついに神が語られます。

この時、主はつむじ風の中からヨブに答えられた、(ヨブ 38:1) 「無知の言葉をもって、神の計りごとを暗くするこの者はだれか」。(ヨブ 38:2)

神が来られました。語り始めるとすぐ、ヨブが自分には分からないことを多く語ったと指摘されましたが、ヨブが苦しんだ理由を一つずつ説明されたわけではありません。神ご自身がヨブに答え、あるものを見せられます。

わたしが地の基をすえた時、どこにいたか。もしあなたが知っているなら言え。(ヨブ 38:4) あなたがもし知っているなら、だれがその度量を定めたか。だれが測りなわを地の上に張ったか。(ヨブ 38:5) その土台は何の上に置かれたか。その隅の石はだれがすえたか。(ヨブ 38:6) かの時には明けの星は相共に歌い、神の子たちはみな喜び呼ばわった。(ヨブ 38:7)

基、度量、測りなわ、隅の石は、どれも家を建てる時の言葉です。ここでは世界が、設計と寸法のある家として描かれます。そしてそれが建て上げられた時、「明けの星は相共に歌い」ました。この世界は冷たく偶然に生じたのではなく、喜びの叫びの中で造られたのです。続いて神は海について語られます。

これがために境を定め、関および戸を設けて、(ヨブ 38:10) 言った、『ここまで来てもよい、越えてはならぬ、おまえの高波はここにとどまるのだ』と。(ヨブ 38:11)

古代近東の世界観では、海はしばしば混沌と脅威を表しました。ここでは海が生まれたばかりの乳児のように描かれ、神は雲を衣とし、黒雲をむつきとして包み、境を定められます。どれほど高ぶる波にも、越えられない線があります。ヨブが苦しんだ理由は、それによって明かされたわけではありません。しかし、これらの問いは、創造者が境を設け、ご自身で治めておられる世界をヨブの前に示しました。基を据え、境を定めた方は、ずっとそこにおられたのです。

新約聖書では、パウロがアテネで哲学者たちに同じ神について語ります。そこにはエピクロス派の人々もいました。彼らは超越的な存在を否定しませんでしたが、そのような存在は人間の事柄に関わらないと考え、原子と空虚によって世界の成立を説明しました。パウロは彼らに言います。

この世界と、その中にある万物とを造った神は、天地の主であるのだから、手で造った宮などにはお住みにならない。(使徒 17:24) また、何か不足でもしておるかのように、人の手によって仕えられる必要もない。神は、すべての人々に命と息と万物とを与え、(使徒 17:25)

神には足りないものがなく、人に養ってもらう必要もありません。むしろ、人の命も一息一息も、神から与えられています。続いてパウロは、神があらゆる民族を造り、「人々が熱心に追い求めて捜しさえすれば、神を見いだせるようにして下さった。事実、神はわれわれひとりびとりから遠く離れておいでになるのではない」と語ります(使徒 17:27)。「われわれは神のうちに生き、動き、存在している」のです(使徒 17:28)。

ですから、神を創造者として認めることは、「世界はどこから来たか」だけでなく、「私はなぜここにいるのか」という問いにも答えます。神がどのような方法で、どれほどの時間をかけて世界を創造されたかについて、キリスト者の理解は一つではありません。ここで聖書が大切にしているのは、この世界が誰の御手から出て、何のために造られたかです。人には始まりがあります。知恵をもって基を据え、境を定める神が、私たちをここに置き、ご自分を求め、知るよう招かれたのです。新約聖書はさらに、もろもろの世界が御子によって造られ、御子が万物を保っておられると語ります(ヘブル 1:2-3)。地の基を据えた方は、後にご自分が造った世界へ自ら来られました。

学びのポイント

1. 「つむじ風の中から答えられた」。 ヨブは繰り返し、神ご自身が答えてくださるよう求めました。神は苦しみの背後にある理由を明かさず、一連の問いによって世界の統治についてのヨブの限られた判断を正し(38:2)、ご自身を現されました。この章を、苦しみは罪への罰だと証明するために用いてはなりません。苦しむ人の問いを封じるために使うことは、なおさらできません。

2. 建築の言葉。 基、度量、測りなわ、隅の石(38:4-6)は、どれも家を建てる時の言葉です。世界は、設計と秩序のある家として描かれています。

3. 「神の子たち」。 38:7の「神の子たち」は、一般に天にいる造られた存在と理解されます。創造には、天の歌と喜びの叫びが伴いました。

4. 海の境。 古代近東では、海はしばしば混沌と脅威の象徴でした。38:8-11では、海が神によってむつきに包まれ、「ここまで来てもよい」という境を定められます。

5. 使徒17章の聞き手。 パウロはアテネで、エピクロス派とストア派の哲学者たちに語っていました(使徒 17:18)。エピクロス派は超越的な存在を認めながら、それらは人間の事柄に関わらないと考え、原子と空虚によって世界の成立を説明しました。パウロが宣べ伝えたのは、万物を造り、人に命を与え、しかも人から遠く離れておられない神です。

分かち合い

オープニング(約10分)

ウォームアップ:これまで見た自然の景色の中で、最も心を動かされたのはどのような景色ですか。その時、何を思いましたか。(初めて来た方も話せます)

リーダーへのヒント:気軽に尋ねます。星空、海、山かもしれませんし、子どもが生まれた瞬間かもしれません。この問いが、「世界には設計がある」という話への導入になります。

この課の振り返り(リーダーが読み上げます。約1分。予習していない方のためです)

この課ではヨブ記38章1~18節を読みます。ヨブは苦しみの中で多くの「なぜ」を問い、主はつむじ風の中から答えられました。わたしが地の基を据えた時、どこにいたか。誰がその度量を定め、測りなわを地の上に張ったか。隅の石は誰が据えたか。あの時、明けの星は共に歌い、神の子たちは皆喜び叫びました。海の水が流れ出た時、わたしは境を定め、「ここまで来てもよい、越えてはならない」と言いました。あなたは朝に命じたことがあるか、海の源に行ったことがあるか、地の広さを見極めたか。あわせて読むのは使徒行伝17章です。パウロはアテネの人々に、世界とその中の万物を造られた神は、何かが不足しているかのように人の手で仕えられる必要はなく、すべての人に命と息と万物とを与えておられると語りました。神は人がご自分を求めるようにされ、実際、私たち一人ひとりから遠く離れておられません。今日は一緒に、万物を造られた神について話し合います。

観察

1. 38:1-3を読みます。主はどこからヨブに答えられましたか。語り始めに何と言われましたか。

リーダーへのヒント:つむじ風の中からです。「無知の言葉をもって、神の計りごとを暗くするこの者はだれか。あなたは腰に帯して、男らしくせよ。わたしはあなたに尋ねる、わたしに答えよ」と言われました。ヨブが長く待った後、神がついにご自身で答えられた、と付け加えてもよいでしょう。

2. 38:4-11を読みます。神は地について、ヨブにどのようなことを問われましたか。海をどのように扱ったと語られましたか。

リーダーへのヒント:地の基を据え、度量を定め、測りなわを張り、隅の石を据えたことです。雲を海の衣とし、境を定め、関と戸を設け、「ここまで来てもよい」と言われました。

3. 使徒 17:24-27を読みます。パウロによれば、万物を造られた神は何を必要としませんか。人に何を与えますか。何のために人を造られましたか。

リーダーへのヒント:手で造った宮に住まず、人の手で仕えられる必要もありません。すべての人に命と息と万物を与え、人がご自分を求めるようにされました。実際、神は私たち一人ひとりから遠く離れておられません。

解釈

4. 宇宙に目的を与える創造者はいないと考える人も、それぞれの仕方で人生の意味を理解します。ヨブ38章と使徒17章は、人の命を、それとはどのように異なる物語の中に置いていますか。この違いは、失敗や苦しみに向き合う時、どのような影響を与えるでしょうか。

リーダーへのヒント:この課の中心となる問いです。十分に時間を取ります。違う見方をまず尊重し、わざと弱く描かないでください。聖書が示す物語では、世界は知恵をもって基を据え、境を定める神から出ています。人の命と息は神から与えられ、人は神を求めるために造られ、神は私たち一人ひとりから遠く離れておられません。自分の命に始まりがあると知ることが、失敗や苦しみへの向き合い方をどう変えるか、尋ねてもよいでしょう。

5.(時間があれば扱う問い)ヨブが尋ねたのは「なぜ自分はこのように苦しむのか」でしたが、神は天地と海を見せられました。この答えによって、ヨブに与えられたものは何ですか。一方、与えられなかったものは何ですか。

リーダーへのヒント:苦しみの理由についての説明は与えられませんでした。しかし神ご自身の答えが与えられ、世界の統治についてのヨブの限られた判断が正され、世界には主がおられ、境があることを見せられました。神に代わって無理に話をきれいにまとめないでください。苦しみの中にいる人が「それでも、なぜかを知りたい」と言うことを認めてください。

6. 使徒 17:27は、神が「われわれひとりびとりから遠く離れておいでになるのではない」と語ります。宇宙を造られた神が、同時に私たちから遠く離れておられないことを、どう受け止めますか。

リーダーへのヒント:宇宙を造られるほど大きく、私たちの一息一息が神によるほど近い方です。キリストへつなげてもよいでしょう。万物を造られた方は、後にご自分が造った世界へ自ら来られました。

適用

7. 造られたものを見て、思わず立ち止まり、驚嘆したことがありますか。その時、その驚きをどのように理解しましたか。ヨブ38章と使徒17章を読んで、もう一つの見方が加わりましたか。(初めて来た方も話せます)

リーダーへのヒント:リーダーが自分のことを先に話します。無理に霊的な話にする必要はありません。星を見た時でも、生まれたばかりの子どもを抱いた時でもかまいません。

8. 今週、どのような造られたものの前で立ち止まり、それを神に感謝したいですか。

リーダーへのヒント:具体的なものへ導きます。通勤の途中にある一本の木、朝の空、家族の顔などです。続く行動リストも、この答えにつなげます。

祈りと実践

ともに祈る(約15分)

まず一人のメンバーにヨブ 38:4-7をゆっくり読み、続いて使徒 17:24-27を読んでもらいます。皆で二分間静まり、それぞれ驚嘆を覚えた造られたものを一つ思い浮かべます。希望する人は一言か二言祈ります。声に出したくない人にとっては、静かに祈ることも祈りです。初めて来た方は静かに聞いているだけでよく、祈ることも信仰の立場を表明することもまったく求めません。最後にリーダーがまとめ、グループの中で「なぜ」と問うている人々のために祈ります。

次のように始めてもよいでしょう(祈りの方向):

天地を造られた主よ、あなたが地の基を据えられた時、明けの星は共に歌いました。あなたは海に境を定め、どれほど高ぶる波もそれを越えられません。私たちは時に、この世界は偶然に生じ、自分もたまたま生きているだけだと思います。私たちの命も息も万物も、すべてあなたが与えてくださったものであり、あなたが私たち一人ひとりから遠く離れておられないことを感謝します。私たちが「なぜ」と問う日にも、あなたを見させてください。イエスの御名によって祈ります。アーメン。

今週の行動リスト(約5分)

祈った後、一人ひとりが下の中から一つを選び、今週行います。一つで十分です。すぐに選べなくてもかまいません。

記録も報告も要りません。よければ次の集まりで話してもかまいません。できなかった時は、何が妨げになったかを祈りの中で主に持っていきましょう。

続けて話したいなら

詩篇104篇を扱う「知恵と創造性に満ちた神」の課、またはヨブ42:1-6を扱う「隠れておられる神」の課を選べます。

リーダーガイド