神のご性質にあずかる · スモールグループ

神の栄光, 第2課. 読む ペテロの第二の手紙 1:3-11. 神に求めるのは健康、富、順調さが多く、神が私たちに最も与えたいものを考えることが少ない

中心聖句:ペテロの第二の手紙 1:3-11

ペテロは、「いのちと信心とにかかわるすべてのこと」がすでに私たちに与えられ、尊く大いなる約束も与えられて、「神の性質にあずかる者」とされる、と語ります。彼はまず神がすでに与えてくださったものを語り、それから「力の限りをつくして」と勧めます。神は私たちの体や日々の必要を心にかけてくださいます。同時にペテロは、見過ごされがちなもう一つの恵みに目を向けさせます。神の約束と聖霊の造り変える働きによって、私たちの生き方と品性が少しずつ神に似たものとなるのです。

はじめに

私たちが神に願うのは、たいていとても現実的なことです。早く健康を取り戻せるように、子どもが良い学校に入れるように、仕事が順調に進むように、家族が無事であるように。こうしたことは願ってよいのです。神も心にかけてくださいます。ただ時には、自分の祈りのほとんどが「どうか毎日を順調にしてください」になっていて、それ以外に神が何を与えようとしておられるか、ほとんど考えていないことに気づきます。

たとえてみましょう。裕福で知恵のある父親が子どもに残したいと願うのは、おそらく財産だけではありません。正直さ、責任を担う姿勢、人を愛する心といった、自分の人となりも受け継いでほしいと願うでしょう。お金は一晩で使い果たせても、品性は子どもの一生に伴います。ペテロの第二の手紙1章が語るのは、天の父がご自分の子どもたちに与えようとしておられる、この賜物です。次の言葉から始まります。

また、それらのものによって、尊く、大いなる約束が、わたしたちに与えられている。それは、あなたがたが、世にある欲のために滅びることを免れ、神の性質にあずかる者となるためである。(ペテロ第二 1:4)

その前にペテロは、主イエスの神聖な力によって「いのちと信心とにかかわるすべてのこと」が私たちに与えられていると語ります(ペテロ第二 1:3)。それは、ご自身の栄光と徳によって私たちを召された方を知ることによります。どちらの節も「与えられている」と語り、神がすでになさったことを示しています。人はどこまでも造られた者です。「神の性質にあずかる」とは、人の本質が神になるという意味ではありません。神の約束と聖霊の造り変える働きによって、私たちの生き方と品性が少しずつ神に似たものになるということです。創世記は、人が神のかたちに造られ、その栄光を映す者とされたと語ります。ここで語られているのは、曇ったその鏡が磨かれていく過程なのです。

その後で、私たちの側の応答が語られます。

それだから、あなたがたは、力の限りをつくして、あなたがたの信仰に徳を加え、徳に知識を、(ペテロ第二 1:5) 知識に節制を、節制に忍耐を、忍耐に信心を、(ペテロ第二 1:6) 信心に兄弟愛を、兄弟愛に愛を加えなさい。(ペテロ第二 1:7)

「それだから」とは、神がすでに与えてくださったからです。この一連のものは信仰から始まり、愛で終わります。その間に、徳、知識、節制、忍耐、信心、兄弟愛が続きます。一本の木が根から枝葉へ育つように、一つが次の一つへとつながっています。力を尽くすことは本当に必要です。ただし、その力の根拠は、神がすでに与えてくださった恵みにあります。努力して恵みを手に入れるのではありません。

続いてペテロは、これらを備えていない人がどうなるかを語ります。

これらのものを備えていない者は、盲人であり、近視の者であり、自分の以前の罪がきよめられたことを忘れている者である。(ペテロ第二 1:9)

ペテロは、これらの品性を欠くことと、自分がすでにきよめられたことを忘れることを結びつけています。自分がどのように赦され、受け入れられたかを覚えているからこそ、成長する力が与えられます。それを忘れれば、徳は重くのしかかるチェックリストになってしまいます。最後にペテロは、そうするなら「決してあやまちに陥ることはない」、そして「わたしたちの主また救主イエス・キリストの永遠の国に入る恵みが、あなたがたに豊かに与えられる」と語ります(ペテロ第二 1:10-11)。

エペソ人への手紙は、同じことを服を着替える姿として語ります。

真の義と聖とをそなえた神にかたどって造られた新しき人を着るべきである。(エペソ 4:24)

新しい人は「神にかたどって造られた」ものであり、創世記の言葉につながっています。神が回復しようとしておられるのは、人が初めに造られた時の姿です。この働きはキリストにあって始まり、聖霊が日ごとに成し遂げてくださいます。ですから、この課は「改善リスト」を作って帰るよう求めるものではありません。健康や仕事、家族のために祈り続けてよいのです。そして祈りの中でもう一つ願うことができます。神の忍耐、神の真実さ、人を愛する神の心を、少しずつ私たちの内に形造ってください、と願うのです。

学びのポイント

1. 「与えられている」。 3節と4節はいずれも、すでに「与えられている」と語ります。ペテロの勧めは、神がすでになさったことの上に立っています。恵みが先にあり、力を尽くすことがその後に続きます。

2. 「神の性質にあずかる」。 これは神のいのちと品性にあずかるという意味であり、人の本質が神になるという意味ではありません。キリスト者は昔からさまざまな言葉でこのことを説明してきましたが、共通しているのは、人はどこまでも造られた者でありながら、恵みによってますます神に似た者とされる、ということです。

3. この一連のものは信仰から始まり、愛で終わります。 「加える」と訳された原語は ἐπιχορηγέω(epichorēgeō)で、語源的には古代ギリシアで合唱隊の費用を負担した人を指し、そこから惜しみなく供給する、備えるという意味になりました。これらは順番に達成して印を付ける階段ではなく、一つの成長するいのちの中で互いにつながって現れるものです。

4. 「あなたがたの受けた召しと選びとを、確かなものにしなさい」「決してあやまちに陥ることはない」(1:10)。 行いによって選びを獲得するという意味ではありません。実を結ぶ生き方の中で、神の召しへの確信が深められていくということです。「決してあやまちに陥ることはない」も、キリスト者がこの世で二度と罪を犯さず、弱さや失敗も経験しないという保証ではありません。10-11節の文脈では、受けた召しのうちに堅くされ、主イエス・キリストの永遠の国まで歩み続けることを指します。

5. 9節の「忘れている」。 ペテロは、これらの品性を欠くことと、以前の罪がすでにきよめられたことを忘れることを結びつけています。罪の赦しの恵みを覚えているなら、力を尽くすことが、受け入れてもらうためのチェックリストにはなりません。

分かち合い

オープニング(約10分)

ウォームアップ:もしあなたがとても裕福な父親や母親なら、子どもに何を残したいですか。(初めて来た方も話せます)

リーダーへのヒント:気軽に尋ねます。「品性」「良い習慣」「人を愛する心」と答える人が多いでしょう。「家を一軒」と正直に答える人がいてもかまいません。この問いが、「神は私たちに何を与えようとしておられるか」という話への導入になります。

この課の振り返り(リーダーが読み上げます。約1分。予習していない方のためです)

この課では、ペテロの第二の手紙1章3~11節を読みます。ペテロは、主イエスの神聖な力によって、いのちと信心とにかかわるすべてのことが私たちに与えられていると語ります。また、尊く大いなる約束も与えられ、世にある欲のために滅びることを免れ、神の性質にあずかる者とされます。それだから、力の限りを尽くし、信仰に徳を、徳に知識を、知識に節制を、節制に忍耐を、忍耐に信心を、信心に兄弟愛を、兄弟愛に愛を加えます。これらを備えていない人は盲人であり、近視の人で、自分の以前の罪がきよめられたことを忘れています。こうして、主また救主イエス・キリストの永遠の国に入る恵みが豊かに与えられます。あわせて読むのはエペソ人への手紙4章です。古い人を脱ぎ捨て、心の深みまで新たにされ、神にかたどって造られた新しい人を着ます。今日は一緒に、神の性質にあずかるとはどういうことかを話し合います。

観察

1. 3-4節を読みます。神はすでに何を与えてくださいましたか。4節によれば、その約束によって私たちはどうなりますか。

リーダーへのヒント:いのちと信心とにかかわるすべてのこと、また尊く大いなる約束です。世にある欲のために滅びることを免れ、神の性質にあずかる者となります。この二節に「与えられている」という言葉が何回出るか、皆で数えてもよいでしょう。

2. 5-7節を読みます。何に何を「加え」るよう勧められていますか。この一連のものはどこから始まり、どこで終わりますか。

リーダーへのヒント:信仰、徳、知識、節制、忍耐、信心、兄弟愛、愛です。信仰から始まり、愛で終わります。

3. 8-9節を読み、続いてエペソ 4:22-24を読みます。これらを欠く人について、ペテロは何と語りますか。エペソ人への手紙によれば、新しい人は何にかたどって造られていますか。

リーダーへのヒント:盲人であり、近視の人で、自分の以前の罪がきよめられたことを忘れています。新しい人は、真の義と聖とを備えた神にかたどって造られています。

解釈

4. ペテロは、神がすでに「すべてのこと」を与えてくださったと語ってから、「力の限りをつくして」と勧めます。この順序はなぜ大切なのでしょうか。逆の順序で読めば、どのような話になってしまいますか。

リーダーへのヒント:この課の中心となる問いです。十分に時間を取ります。恵みが先にあり、力を尽くすことがその後に続きます。力を尽くすのは、恵みに応えるためです。逆の順序で読めば、「まず努力して良い人になれば、神が与えてくださる」という話になり、読むほど疲れ、誇り高くなるか、落胆するかのどちらかになってしまいます。

5. 9節は、これらを備えていない人が「自分の以前の罪がきよめられたことを忘れている」と語ります。きよめられたことを覚えているかどうかは、人の成長とどのようにつながるでしょうか。

リーダーへのヒント:赦され、受け入れられたことを覚えていると、人は安心して変えられていくことができます。それを忘れれば、徳はチェックリストだけになってしまいます。どのような時に、自分がすでにきよめられたことを忘れやすいか、尋ねてもよいでしょう。

6.(時間があれば扱う問い)「神の性質にあずかる」を、あなたはどのように理解しますか。5-7節に挙げられたものを見ると、その「性質」は日常生活の中でどのように現れるでしょうか。

リーダーへのヒント:日常の場面へ導きます。列に並ぶ時の節制、家庭での忍耐、好きになれない相手にも向ける愛などです。

適用

7. 振り返ると、最近あなたが神に願うのは、どのような種類のことが多いですか。(種類だけでかまいません。初めて来た方は、普段いちばん願っていることを話してもかまいません)

リーダーへのヒント:リーダーが自分のことを先に話します。批評しないでください。健康、仕事、家族については、どれも願ってよいのです。「今日の招きは、それらにもう一つ願いを加えることです」と続けてもよいでしょう。

8. 5-7節の中で、神に助けていただき、最も「加え」たいと願うものはどれですか。今週、どのような小さな一歩から始められますか。

リーダーへのヒント:小さく具体的なことへ導きます。これは神に働きを願うことであり、同時に恵みの中で応えることです。できなかった時には、もう一度それを祈りに持っていきます。続く行動リストも、この答えにつなげます。

祈りと実践

ともに祈る(約15分)

まず一人のメンバーにペテロ第二 1:3-4をゆっくり読み、続いて1:9を読んでもらいます。皆で二分間静まり、それぞれ自分に最も必要な品性を一つ、神に与えていただくことを心の中で願います。希望する人は一言か二言祈ります。声に出したくない人にとっては、静かに祈ることも祈りです。初めて来た方は静かに聞いているだけでよく、祈ることも信仰の立場を表明することもまったく求めません。最後にリーダーがまとめ、グループの人々のいのちを神が新しくしてくださるよう祈ります。

次のように始めてもよいでしょう(祈りの方向):

天の父よ、いのちと信心とにかかわるすべてのことをすでに与え、尊い約束も与えてくださったことを感謝します。私たちの祈りは、毎日が順調に進むことだけを願い、内側を変えてくださいとはほとんど願わないことがあります。また、自分の以前の罪がすでにきよめられたことを、しばしば忘れます。どうか思い起こさせてください。そしてあなたの忍耐、あなたの誠実さ、人を愛するあなたの心を、少しずつ私たちの内に形造り、ますますあなたに似た者としてください。イエスの御名によって祈ります。アーメン。

今週の行動リスト(約5分)

祈った後、一人ひとりが下の中から一つを選び、今週行います。一つで十分です。すぐに選べなくてもかまいません。

記録も報告も要りません。よければ次の集まりで話してもかまいません。できなかった時は、何が妨げになったかを祈りの中で主に持っていきましょう。

続けて話したいなら

イザヤ43:1-7を扱う「神の栄光のために造られた」の課、またはコリント第二3:12-18を扱う「栄光から栄光へ」の課を選べます。

リーダーガイド