忙しさに陥らず、まずその足もとに座る · スモールグループ

イエスのリーダーシップ――イエスにどう従うか, 第5課. 読む ルカによる福音書 10:38-42. 主のために多くのことをして忙しく、心はいらだつのに、主と共に過ごす時間がない

中心聖句:ルカによる福音書 10:38-42

マルタがイエスを自分の家に迎えたのは、良いことでした。彼女の労苦も現実のものでした。しかしルカは、多くの接待のことで心を取り乱していたと記します。そこでイエスは彼女を、ご自分の前へ呼び戻されました。「無くてならぬものは多くはない。いや、一つだけである」。イエスの足もとに座ってみことばを聴くことが、私たちが何のために、どのように仕えるのかを整え直します。

はじめに

教会には、外からは見えない疲れがあります。次々と仕事が続き、どれも良いこと、主のためにすることなのに、心はますます張り詰め、いらだちやすくなります。そばの人があまり働いていなければ心の中で不満を一つ積み上げ、誰かが自分よりうまく働けば、それも面白くありません。本当に仕事が多く、同時に心も本当に散らされています。この二つは、しばしば同時に起こります。

ルカによる福音書10章のこの箇所は、わずか五節ですが、この状態を的確に描いています。まず順序に注目しましょう。「一同が旅を続けているうちに、イエスがある村へはいられた。するとマルタという名の女がイエスを家に迎え入れた。」(ルカ 10:38)イエスを迎えたのは、マルタが進んでしたことであり、良いことでした。 聖書は客をもてなすことを決して軽んじません。旧約聖書ではアブラハムが三人の人を迎え、新約聖書も旅人をもてなすよう信徒に勧めます。ですから、この課は「マルタは悪いことをした」というところから始まるのではありません。

続いて、物語の焦点がもう一人へ移ります。「この女にマリヤという妹がいたが、主の足もとにすわって、御言に聞き入っていた。」(ルカ 10:39)当時、「足もとに座る」のは弟子の姿勢でした。弟子が先生の足もとに座って教えを受けるのです。ルカがこのように書いたことには意味があります。

そして、物語の鍵となる描写が続きます。

ところが、マルタは接待のことで忙がしくて心をとりみだし、イエスのところにきて言った、「主よ、妹がわたしだけに接待をさせているのを、なんともお思いになりませんか。わたしの手伝いをするように妹におっしゃってください」。(ルカ 10:40)

いくつかの点に注目しましょう。第一に、接待のことが多かったのは事実です。 彼女が大げさに騒いでいたわけではありません。ルカが使った言葉には、あちこちに引っ張られ、気を散らされるという意味があります。第二に、心を取り乱していたとは、彼女の内側の状態を表します。 外に多くの仕事があり、内側がばらばらに引っ張られることは、この物語では結びついています。第三に、彼女の言葉はイエスに向けられています。 「なんともお思いになりませんか。わたしの手伝いをするように妹におっしゃってください」と言いました。それまで妹と話したことがあったのか、なぜこのように言ったのか、ルカは説明していません。

イエスはまず彼女の名を二度呼び、それから語られました。

マルタよ、マルタよ、あなたは多くのことに心を配って思いわずらっている。しかし、無くてならぬものは多くはない。いや、一つだけである。マリヤはその良い方を選んだのだ。そしてそれは、彼女から取り去ってはならないものである。(ルカ 10:41-42)

「心を配って思いわずらっている」とは、彼女の心があちこちに引っ張られている状態です。「無くてならぬものは多くはない。いや、一つだけである」とは何かを、聖書は箇条書きにして説明していません。文脈から見れば、マリヤがしていたこと、すなわちイエスの足もとに座り、そのみことばを聴くことです。最後の言葉は慰めであると同時に、注意を促します。「それは、彼女から取り去ってはならないもの」です。手元の仕事は終われば過ぎ去りますが、主と共にいるその良いものは残ります。

この箇所を読み違えないために、二つのことを明確にしましょう。

第一に、イエスは仕えることを低く見ておられません。 「何もしない方が霊的だ」と読むなら、新約聖書全体と合いません。ルカによる福音書の続きにも、仕える人々の模範が数多く記されています。イエスが整えられたのは順序です。多くの用事によって心が散らされている時、まずご自分の前へ呼び戻されます。また現実に、責任が多すぎるなら、分担を求め、助けを求め、仕事を減らす必要があるかもしれません。それは信仰が足りないことではありません。

第二に、この箇所を使ってほかの人を評価しないでください。 この箇所は、「あなたはマルタみたいに忙しすぎる」と人を刺す言葉として使われやすいものです。しかし、イエスがこの言葉を語られた相手はマルタ本人であり、その名を呼びながら語られました。グループでは、一人ひとりが自分の心に向けて読みましょう。

では、どこに着地すればよいのでしょうか。とても現実的な問いです。今週、私はイエスの足もとに座る時間を持っているでしょうか。 聖書の学びを導く準備でも、分かち合いの準備でもなく、ただイエスの語ることを聴く時間です。着地点は、10分間の計画を達成することではありません。何度でも主の前へ戻り、そのみことばを聴き、そこから仕えに出ていくことです。

学びのポイント

1. 迎え入れることは良いことです。 マルタは進んでイエスを家に迎えました。聖書は客をもてなすことを軽く見ません。この課は、マルタが悪いことをしたというところから始まりません。

2. 「主の足もとにすわる」のは弟子の姿勢です。 ルカは、マリヤが怠けていたのではなく、教えを受けていたことを伝えています。

3. 「接待のことで忙がしくて」と「心をとりみだし」は結びついています。 ルカが使った言葉には、あちこちに引っ張られ、気を散らされるという意味があります。外に多くの仕事があり、内側がばらばらに引っ張られることは、この物語の中で結びついています。

4. 彼女の言葉は主に向けられています。 「なんともお思いになりませんか。わたしの手伝いをするように妹におっしゃってください」と言いました。それまでに何があったのか、なぜこのように語ったのか、ルカは説明していません。

5. 「マルタよ、マルタよ」――イエスはまず二度、名を呼ばれました。 名を二度呼ぶことは、親しさ、重々しさ、切迫感を表す場合がありますが、聖書はここでその語調を説明していません。

6. 「無くてならぬものは多くはない。いや、一つだけである」。 口語訳はこのように訳しています。古い写本には「必要なものは一つ」とする読みと、「必要なものは少ない、または一つ」とする読みがあります。どちらにせよ、後半は明確です。マリヤが選んだ、主の足もとでみことばを聴くことは、取り去られることのない良いものです。

7. 「それは、彼女から取り去ってはならないものである」。 手元の仕事は過ぎ去りますが、主と共にいるその良いものは残ります。

分かち合い

オープニング(約10分)

初めに一言(リーダーが読み上げます)

グループで話したことを、外で言い広めることはしません。ただし、例外があります。現在進行中の被害、子どもや弱い立場の人の安全、または誰かが今すぐ自分や他人を傷つける危険がある場合、リーダーは完全な秘密を約束できません。通常はまず、できる限り本人と相談し、実際に助けられる人に必要な情報だけを伝えます。子どもや自分を守れない人が関わる場合、または差し迫った危険がある場合は、本人の同意を前提とせず、状況に応じて牧師、資格を持つ専門家、現地の公安/警察、救急または医療機関に連絡します。差し迫った危険がある時はその場で助けを求め、本人を一人にしないでください。

ウォームアップ:家にお客さんが来る前、あなたはたいてい何に追われていますか。(初めて来た方も話せます。)

リーダーへのヒント:気軽に話すと、にぎやかな時間になるでしょう。忙しくしていることの多くは人のためなのに、忙しさの中で心の状態が変わっていくことに、皆が気づきます。この問いが後の話への導入になります。

課の振り返り(リーダーが読み上げます。約1分。予習していない方のためです。)

この課ではルカによる福音書10章38~42節を読みます。一同が旅を続けている時、イエスがある村へ入り、マルタという女性がイエスを家に迎え入れました。妹のマリヤは主の足もとに座って、みことばに聞き入っていました。ところがマルタは接待のことで忙しくて心を取り乱し、イエスのところへ来ました。そして、妹が自分だけに接待をさせていることを何とも思わないのか、手伝うよう妹に言ってほしい、と訴えました。主は「マルタよ、マルタよ」と呼び、彼女が多くのことに心を配って思いわずらっていること、無くてならぬものは多くはなく、一つだけであることを語られました。マリヤは良い方を選び、それは彼女から取り去ってはならないものです。今日は、心が散らされている時、無くてならぬ一つとは何かを一緒に考えます。

観察

1. 38-39節を読みます。進んでイエスを迎え入れたのは誰ですか。マリヤは何をしていましたか。

リーダーへのヒント:マルタがイエスを家に迎え入れました。彼女が進んでした良いことです。マリヤはイエスの足もとに座って、みことばを聴いていました。それは弟子が教えを受ける姿勢でした。

2. 40節を読みます。ルカはマルタの状態をどのように描いていますか。彼女の言葉は誰に向けられましたか。

リーダーへのヒント:「接待のことで忙がしくて」は現実の状況であり、「心をとりみだし」は内側の状態です。彼女は主に向かって、何とも思わないのか、妹に手伝うよう言ってほしい、と語りました。

3. 41-42節を読みます。イエスは彼女をどのように呼ばれましたか。どのような二つのことを語られましたか。

リーダーへのヒント:イエスは彼女の名を二度呼ばれました。二つのこととは、彼女が多くのことに心を配って思いわずらっていること、そして無くてならぬものは多くはなく、一つだけであり、マリヤは取り去ってはならない良い方を選んだことです。

解釈

4. ルカは、マルタが多くの接待のことであちこちに引っ張られていた状態を、どのように描いていますか。イエスの言葉は、どのように彼女の労苦を見たうえで、無くてならぬ一つへ呼び戻していますか。

リーダーへのヒント:この課の中心となる問いなので、十分に時間を取ります。⚠️ 答えを「忙しい人は霊的でない」とまとめないでください。誰かの責任がすでに過剰なら、どのように分担を求めるかも話せます。

5.(時間があれば扱う問い)マルタの言葉は、自分自身、マリヤ、イエスをどのように描いていますか。彼女は主に何を求めましたか。

リーダーへのヒント:彼女は、自分だけが残されて接待をしていると語り、マリヤに手伝うよう命じてほしいと主に求めました。それまでに何があったかは推測しません。現象として、忙しさがある程度を超えると、私たちの言葉も「あなたは何とも思わないのですか」という形になりやすいことを話せます。

6. マリヤが選んだ「良い方」とは何ですか。なぜそれを取り去ってはならないと言われたのでしょうか。

リーダーへのヒント:イエスの足もとに座り、みことばを聴くことです。もう少し具体的に、何かの準備のためではなく聖書を読み祈ったのはいつだったか、と尋ねてもよいでしょう。「だから仕えることを減らそう」という答えへ誘導しないでください。

適用

7. 最近、心を張り詰めさせているのは、どのようなことですか。(家庭、仕事、教会での奉仕のどれでもかまいません。初めて来た方も話せます。)

リーダーへのヒント:希望する人に一言か二言で話してもらい、ほかの人は批評も比較もせず、「それなら、やめればよい」と助言しません。リーダーが自分の例を先に話すと、ほかの人も話しやすくなります。

8. 今週、何時に、どれくらいの時間、イエスの足もとに座りたいと思いますか。

リーダーへのヒント:時刻、長さ、場所、読む箇所を、できるだけ具体的にします。10分でもかまいません。実行できない計画を立てないでください。続く行動リストをこの答えにつなげます。

祈りと実践

ともに祈る(約15分)

一人のメンバーにルカ 10:41-42をゆっくり読んでもらい、皆で三分間静まります。この三分間は何もせず、ただ座ります。静まった後、希望する人は一言か二言で祈り、手放せずにいることを主に委ねます。声に出したくない人は、静かに祈ることも祈りです。初めて来た方は静かに聞くだけでよく、祈ることも信仰の立場を表明することも求めません。最後にリーダーがまとめ、家庭、職場、教会で人に仕え、世話をして労苦しているすべての兄弟姉妹のために感謝して祈ります。名指しせず、誰がより多く働いているかも比較しません。祈りの課題はグループ内にとどめます。慎重に扱うべきことはアプリにもグループチャットにも書きません。後のケアが必要な時は、まず本人の同意を得てから、必要な一、二点だけを非公開で記録します。子どもや自分を守れない人の安全、または差し迫った自傷・他害の危険が関わる時は、本人の同意を前提とせず、直ちに現地の救急、公安/警察、または適切な保護機関に連絡します。

次のように始めてもよいでしょう(祈りの方向):

主イエスよ、あなたはマルタのもてなしを軽く見ず、ただその名を呼び、「無くてならぬものは多くはない。いや、一つだけである」と言われました。私たちの手元には本当に多くの仕事があり、心も本当に乱れています。何が実際の仕事で、何が自分の内側の張り詰めた思いなのかを見分けさせてください。座ってあなたの語ることを聴く時間を与えてください。あなたは、その良いものは取り去られないと言われました。終わりの見えない仕事のリストよりも、この言葉を信じさせてください。あなたの御名によって祈ります。アーメン。

今週の行動リスト(約5分)

祈った後、一人ひとりが次の中から一つを選び、今週行います。一つで十分です。すぐに選べなくてもかまいません。

記録も報告も必要ありません。よければ、次の集まりで話すことができます。できなかった時は、妨げになったことを祈りに持って行きましょう。

さらに話したい方へ

「嵐の中で、私たちを導く主を知る」(マルコ 4:35-41)か、「私たちを友と呼ばれる」(マルコ 3:13-19)を選べます。

リーダーガイド