聖霊によって祈る:神の臨在と導きを経験する, 第17課. 読む エペソ人への手紙 6:10-20. 誘惑や恐れに直面した時、祈りに何ができるか分からない。反対に、何でも「霊的攻撃」と呼ぶこともある
中心聖句:エペソ人への手紙 6:10-20
霊の戦いは現実のものですが、究極の敵は血肉の人間ではなく、勝利しておられるのはキリストです。私たちは主の偉大な力によって堅く立ち、神から与えられたすべての武具を身につけ、どんな時にも祈ります。同時に、病気、うつ、人間関係の衝突をすべて「霊的な攻撃」と決めつけません。
誘惑や恐れに直面すると、自分には何の力もないと感じる人がいます。夜中にあることを思い出すだけで不安で落ち着かなくなり、同じ誘惑に何度もつまずき、祈っても役に立たないように思えます。反対に、あらゆることを「霊的な攻撃」と考える人もいます。体調不良も攻撃、同僚との口論も攻撃、子どもの成績が下がることまで攻撃です。祈りの中では「縛る」と言いながら、医師には診てもらわず、壊れた関係を修復しようともしません。
エペソ人への手紙6章は、霊の戦いについて明確に、そして偏りなく語ります。
最後に言う。主にあって、その偉大な力によって、強くなりなさい。悪魔の策略に対抗して立ちうるために、神の武具で身を固めなさい。わたしたちの戦いは、血肉に対するものではなく、もろもろの支配と、権威と、やみの世の主権者、また天上にいる悪の霊に対する戦いである。(エペソ 6:10-12)
ここには二つのことが示されています。第一に、戦いは現実のものです。「悪魔の策略」があり、「悪しき者の放つ火の矢」があります(エペソ 6:16)。第二に、霊の戦いにおける究極の敵は「血肉」の人間ではありません。ですから、同僚や家族、意見の合わない人を悪魔のように見てはなりません。人を倒すべき敵と見なせば、口論、仕返し、さばきによって対抗し、自分が反対しているものにますます似てしまいます。もちろん、人の罪や加害には誠実に向き合う必要があります。境界線を設け、傷つけられた人を守り、責任を問うべき時に、それを避けてはなりません。
では、何により頼むのでしょうか。パウロは、「主にあって、その偉大な力によって」強くなるように語ります。この手紙の初めにはすでに、神がキリストを死人の中からよみがえらせ、「天上においてご自分の右に座せしめ」、「すべての支配、権威、権力、権勢の上にお」かれたと記されています(エペソ 1:20-21)。コロサイ人への手紙も、十字架がすべての支配と権威に対する勝利を明らかにしたと宣言します。神は「キリストにあって凱旋」されたのです(コロサイ 2:15)。だからパウロは繰り返し、「堅く立ちうる」「立って」と語ります(エペソ 6:13-14)。キリストはすでに勝利されました。私たちはその勝利のうちに立ち、倒されないようにするのです。
武具の一つ一つは、神がキリストによって与えてくださる恵みに根ざしています。それは同時に、信徒が日々守り、生活に表すものでもあります。真理、正義、平和の福音、信仰、救い、そして「御霊の剣、すなわち、神の言」です(エペソ 6:17)。この比喩は明らかにイザヤ書を受け継いでいます。そこでは主ご自身が「義を胸当としてまとい、救のかぶとをその頭にいただ」かれました(イザヤ 59:17)。パウロが信徒に身につけるよう命じるのは、神が与えてくださる武具です。
武具を挙げた後、パウロは続けて祈りについて語ります。
絶えず祈と願いをし、どんな時でも御霊によって祈り、そのために目をさましてうむことがなく、すべての聖徒のために祈りつづけなさい。また、わたしが口を開くときに語るべき言葉を賜わり、大胆に福音の奥義を明らかに示しうるように、わたしのためにも祈ってほしい。(エペソ 6:18-19)
武具を挙げ終えると、パウロはすぐに、どんな時にも御霊によって祈るよう信徒に命じました。祈りは、目を覚まして立つことと、互いにとりなすことの全体を貫いています。その時パウロは鎖につながれていました。彼が祈ってほしいと願ったのは、福音の奥義を大胆に明らかに示すことでした。
ヤコブの手紙は、非常に具体的に語ります。「そういうわけだから、神に従いなさい。そして、悪魔に立ちむかいなさい。そうすれば、彼はあなたがたから逃げ去るであろう。神に近づきなさい。そうすれば、神はあなたがたに近づいて下さるであろう。」(ヤコブ 4:7-8)続いて、「罪人どもよ、手をきよめよ」とあります。悪魔に立ち向かうことは、神に従い、神に近づき、真実に悔い改めることとして具体的に表れます。正直に罪を告白し、誘惑を受ける場所から離れ、兄弟姉妹に寄り添ってもらいます。
最後に、何でも「霊的な攻撃」と決めつけないでください。身体や感情の不調が続いたり、悪化したり、睡眠、仕事、日常生活に影響したりしているなら、正規の医療機関や資格のある専門家に助けを求めます。人間関係の衝突には誠実に向き合い、安全で適切な場合には和解を求め、必要に応じて境界線を設け、牧師や専門家に助けてもらいます。自分の罪は自分で認める必要があります。「人が誘惑に陥るのは、それぞれ、欲に引かれ、さそわれるから」です(ヤコブ 1:14)。霊の戦いは現実ですが、すべてを説明する万能の答えではありません。その行き着くところは、キリストがすでに勝利されたということです。「あなたがたのうちにいますのは、世にある者よりも大いなる者」なのです(Ⅰヨハネ 4:4)。
1. 「偉大な力」。 6:10は、主の「偉大な力によって」強くなるよう語ります。1:19-20も同じ力について、神がキリストのうちに働かせ、死人の中からよみがえらせたと語ります。私たちがより頼むのは、キリストをよみがえらせた方の力です。
2. 「血肉に対するものではなく」。 6:12の「戦い」に当たる原語は、しばしば取っ組み合いや格闘を指し、この戦いが現実で身近なものであることを強調します。同時に聖書は、霊の戦いにおける究極の相手が血肉の人間ではないと明言しています。
3. 「堅く立ちうる」。 6:13-14は、「堅く立ちうる」「立って」と繰り返します。パウロは、あちこちへ悪魔を探しに行くようには命じていません。悪しき日に堅く立ち、倒されないようにと教えています。
4. イザヤ書と響き合っています。 正義の胸当と救いのかぶとは、主が「義を胸当としてまとい、救のかぶとをその頭にいただ」かれるイザヤ 59:17と響き合います。足と平和の福音の比喩も、良きおとずれと平和を伝える人の足が「なんと麗しいことだろう」と語るイザヤ 52:7を思い起こさせます。パウロは、この武具全体が「神の武具」であることを強調します(エペソ 6:11、13)。
5. 祈りと福音宣教。 18-20節で、パウロは信徒に、すべての聖徒のために、また自分が「大胆に福音の奥義を明らかに示しうるように」祈ってほしいと頼みます。その時、彼は「鎖につながれて」いました(6:20)。霊の戦いにおける祈りは、自分の平安だけでなく、福音が広がるためのものでもあります。
最初に一言(リーダーが読み上げます。)
グループの中で話したことを、外へ持ち出して伝えません。ただし、例外があります。現在進行中の危害、子どもや弱い立場の人の安全、だれかが自分やほかの人を直ちに傷つける危険に関わる場合、リーダーは完全に秘密にすると約束できません。通常は、できるだけまず本人と相談し、実際に助けられる人に、必要な情報だけを伝えます。子どもや自分を守れない人に関わる場合、または差し迫った危険がある場合には、本人の同意を条件とせず、状況に応じて牧師、資格のある専門家、地域の警察、救急、医療機関へ連絡します。差し迫った危険がある時はその場で助けを求め、本人を一人にしません。
ウォームアップ:子どもの頃、よく怖がっていたものはありますか。今は、どのようなことに不安を感じやすいですか。(初めて来た方も話せます。)
リーダーへのヒント:一、二文で気軽に話し、評価はしません。自分が話したいことだけを話し、パスしてもかまいません。暗闇や犬が怖かったと話す人もいれば、失業や病気を恐れていると話す人もいるでしょう。そこから「恐れ」という主題へ入れます。
課の振り返り(リーダーが読み上げます。約1分。予習していない方のためです。)
この課では、エペソ人への手紙6章10〜20節を読みます。パウロは、主にあって、その偉大な力によって強くなり、悪魔の策略に対抗して立つため、神の武具で身を固めるよう語ります。私たちの戦いは血肉に対するものではありません。パウロは堅く立つよう命じました。真理の帯を腰にしめ、正義の胸当を胸につけ、平和の福音の備えを足にはき、信仰のたてを手に取り、救いのかぶとをかぶり、御霊の剣、すなわち神の言を取ります。そして、どんな時でも御霊によって祈り、すべての聖徒のために、またパウロが大胆に福音を語れるように祈ります。関連する箇所はヤコブの手紙4章7〜8節です。神に従い、悪魔に立ち向かえば、悪魔は逃げ去ります。神に近づけば、神は私たちに近づいてくださいます。今日は、誘惑や恐れに直面する時、祈りにはどのような意味があるかを一緒に考えます。
1. エペソ 6:10-13を読みます。パウロは、何によって強くなるよう教えますか。敵はだれであり、だれではありませんか。戦いの目標は何ですか。
リーダーへのヒント:主にあって、その偉大な力によって強くなります。私たちの戦いは血肉に対するものではなく、もろもろの支配、権威、やみの世の主権者、天上にいる悪の霊に対するものです。目標は、悪しき日に抵抗し、堅く立つことです。
2. 14-17節を読みます。神の武具には何がありますか。それぞれ何を表していますか。
リーダーへのヒント:真理の帯、正義の胸当、平和の福音の備えをはいた足、信仰のたて、救いのかぶと、御霊の剣(神の言)です。一人が一つずつ読んでもよいでしょう。
3. 18-20節とヤコブ 4:7-8を読みます。パウロは武具の後に何を語りましたか。ヤコブは、悪魔に立ち向かうことをどのように説明していますか。
リーダーへのヒント:どんな時でも御霊によって祈り、目を覚まし、すべての聖徒のために、またパウロが大胆に福音を語れるように祈ります。ヤコブは、神に従い、悪魔に立ち向かえば悪魔は逃げ去り、神に近づけば神が近づいてくださると語ります。手をきよめ、心を清くすることも求めます。
4. パウロは、私たちの戦いが「血肉に対するものではない」と語りました。人を敵と見なすと、どのようなことが起こりますか。付き合いにくい人に向き合う時、これは何を教えますか。
リーダーへのヒント:この課の中心となる問いの一つです。十分に時間を取ります。人を倒すべき相手と見れば、口論、仕返し、さばきによって対抗し、自分が反対するものにますます似てしまいます。霊の戦いにおける究極の敵を正しく知れば、付き合いにくい人のために祈り、真理に従って平和を求め、必要な時には境界線を設け、傷つけられた人を守れます。
5. キリストはすでに勝利され(エペソ 1:20-21、コロサイ 2:15)、私たちの務めは「堅く立つ」ことです。この事実は、誘惑や恐れに直面する時の祈りを、どのように変えますか。
リーダーへのヒント:この課の中心となる問いです。誘惑や恐れに直面する時、キリストがすでに勝ち取られた勝利により頼み、真理、信仰、神の言によって祈り、その勝利のうちに立てます。ヤコブ 4:7-8も、神に従い、神に近づき、正直に悔い改めることが、立ち向かうことの一部だと教えます。
6.(時間があれば扱う問い)なぜ、病気、うつ、人間関係の衝突をすべて「霊的な攻撃」と決めつけてはいけないのでしょうか。霊の戦いを真剣に受け止めながら、何でも説明する答えにしないためには、どうすればよいでしょうか。
リーダーへのヒント:すべて霊的な攻撃だと決めつけると、医療を受けず、和解に向き合わず、自分の罪を認めなくなることがあります(ヤコブ 1:14)。また、苦しんでいる人をさらに傷つけます。聖書は霊の戦いを認めると同時に、常識と知恵をもって生活に向き合うよう教えます。どちらもキリストの主権のもとにあります。
7. 最近、どのような誘惑や恐れに直面していますか。普段どのように向き合っていますか。
リーダーへのヒント:詳しく話す必要はありません。一言で十分です。詮索せず、評価しません。重い内容は通常、グループで詳しく尋ねず、集まりの後で一対一でケアします。ただし、自分や人を直ちに傷つける危険や、現在進行中の危険がある場合は、集まりの後まで待ちません。
8. 今週、どの一つのことについて「神の武具を身につけ」、祈りたいですか。
リーダーへのヒント:具体的な一つのことと、それに合う一節を考えるよう勧めます。この後、武具の一つ一つに沿って祈ります。
この課では、エペソ 6:14-17に沿ってともに祈ります。リーダーが武具を一つ読み、少し間を取ります。希望する人が、それについて一文祈ります。たとえば「真理の帯を腰にしめ」と読まれたら、「主よ、今週、偽りを語らないよう助けてください」と祈れます。「信仰のたて」と読まれたら、「恐れる時にも、あなたを信頼させてください」と祈れます。六つすべてを終えた後、グループで語られた誘惑や恐れのために祈り、また6:19にならって、困難の中で福音を伝え、仕える人が大胆に語れるよう願います。声に出したくない人は、静かに祈ることも祈りです。初めて来た方は祈る必要がありません。最後にリーダーがまとめ、Ⅰヨハネ 4:4を皆で読みます。祈りの課題はグループ内にとどめます。慎重に扱うべきことはアプリにもグループチャットにも書きません。通常、後でケアする必要がある場合は、まず本人の同意を得てから、必要な一、二点だけを非公開で記録します。子どもや自分を守れない人の安全に関わる場合、または自分やほかの人を直ちに傷つける危険がある場合は、本人の同意を条件とせず、地域の救急、警察、適切な保護機関へ直ちに連絡します。
次のように始めてもよいでしょう(祈りの方向):
主よ、身近な人を悪魔のように扱わないようにしてください。同時に、罪と加害に真理をもって向き合う勇気を与えてください。私たちは自分の力で立つのではありません。キリストが死人の中からよみがえり、すべての支配と権威の上に置かれ、十字架によってすでに勝利されたことを感謝します。あなたの偉大な力によって、堅く立たせてください。真理の帯を腰にしめ、正義の胸当を胸につけ、平和の福音の備えを足にはき、信仰のたてを手に取り、救いのかぶとをかぶり、あなたの言葉を取らせてください。恐れる時、私たちのうちにいます方は、世にある者よりも大いなる方であることを思い起こさせてください。福音を伝える人々に、福音の奥義を大胆に語らせてください。イエスの御名によって祈ります。アーメン。
祈った後、一人ひとりが次の中から一つを選び、今週行います。一つで十分です。すぐに選べなくてもかまいません。
記録も報告も必要ありません。よければ、次の集まりで話すことができます。できなかった時は、妨げになったことを祈りに持って行きましょう。
「聖霊の導きを見分ける」の課(使徒 21:7-14)か、「静けさの中で神を待ち望む」の課(詩篇62篇)を選べます。