感謝の祈り · スモールグループ

聖霊によって祈る:神の臨在と導きを経験する, 第10課. 読む ルカによる福音書 17:11-19. 祈りが願い事ばかりで、感謝は少ない。暮らしが苦しくなると、足りないものしか見えなくなる

中心聖句:ルカによる福音書 17:11-19

感謝とは、恵みを受けた後、その恵みを与えてくださった主のもとへ帰ることです。重い皮膚病にかかった十人は皆きよめられましたが、神をほめたたえるために帰ってきたのは一人だけでした。詩篇103篇は、「そのすべてのめぐみを心にとめよ」と教えます。日々が苦しい時、足りないものがあるのは事実です。同時に、神がすでに与えてくださった恵みも事実です。

はじめに

自分の祈りを振り返ると、願うことは多くても、感謝することは少ないものです。仕事が順調に進むように、子どもが試験でよい結果を出せるように、病気が早く治るようにと願います。うまくいけばほっとして、すぐ次のことを願います。うまくいかなければ、心には足りないものだけが残ります。「主に感謝します」とすぐ口にはしても、心は立ち止まっていません。

ルカによる福音書17章には、ある出来事が記されています。イエスがエルサレムへ向かい、サマリヤとガリラヤとの間を通られた時、重い皮膚病にかかった十人が出会い、「遠くの方で立ちとどまり」ました。律法によれば、重い皮膚病の人の住まいは「宿営の外でなければならない」ので(レビ 13:46)、人々に近づけませんでした。彼らは声を張り上げて、「イエスさま、わたしたちをあわれんでください」と言いました(ルカ 17:13)。

イエスは彼らに触れず、「祭司たちのところに行って、からだを見せなさい」とだけ言われました。これは律法の規定です。重い皮膚病が治った時は、祭司に見てもらってから、家族や共同体へ戻ることができました(レビ 14:2-3)。まだ治っていないうちに、彼らはその言葉に従って出発し、「行く途中で彼らはきよめられ」ました(ルカ 17:14)。

十人全員が治りました。その後の場面を、ルカはゆっくりと描きます。

そのうちのひとりは、自分がいやされたことを知り、大声で神をほめたたえながら帰ってきて、イエスの足もとにひれ伏して感謝した。これはサマリヤ人であった。(ルカ 17:15-16)

ほかの九人は、イエスに命じられたとおり、祭司のもとへ向かいました。彼らが心の中で何を考えていたか、聖書は語りません。ただ、このサマリヤ人のようには帰ってこなかったと記しています。この一人だけが引き返し、まず「大声で神をほめたたえ」、それからイエスの足もとにひれ伏して感謝しました。この出来事は私たちを映す鏡のようです。祈りがかなえられると、すぐ次の用事へ向かい、感謝するために戻ることを忘れてしまいます。

イエスは言われました。「きよめられたのは、十人ではなかったか。ほかの九人は、どこにいるのか。神をほめたたえるために帰ってきたものは、この他国人のほかにはいないのか」(ルカ 17:17-18)。帰ってきたのは、当時ユダヤ人から見下され、交際を避けられていたサマリヤ人でした。イエスはさらに、「立って行きなさい。あなたの信仰があなたを救ったのだ」(ルカ 17:19)と言われました。十人の体は皆きよめられましたが、この一人は、主が直接語られたこの言葉も携えて帰りました。

詩篇103篇は、ほかの九人のようにならないための道を教えます。

わがたましいよ、主をほめよ。そのすべてのめぐみを心にとめよ。主はあなたのすべての不義をゆるし、あなたのすべての病をいやし、あなたのいのちを墓からあがないいだし、いつくしみと、あわれみとをあなたにこうむらせ、あなたの生きながらえるかぎり、良き物をもってあなたを飽き足らせられる。こうしてあなたは若返って、わしのように新たになる。(詩篇 103:2-5)

「心にとめよ」。感謝は覚えていることから始まります。ダビデは自分の魂に語りかけ、一つずつ数えます。不義を赦され、病をいやされ、命をあがなわれ、いつくしみとあわれみをこうむり、良き物で満たされます。私たちも忘れます。昨日願っていたことがかなっても、今日はもう覚えていません。だから感謝するには、意識して立ち止まり、振り返って数えることが必要です。

これは、困難の中では感謝しか口にしてはならず、つらさを語ってはいけないという意味ではありません。パウロは、「何事も思い煩ってはならない。ただ、事ごとに、感謝をもって祈と願いとをささげ、あなたがたの求めるところを神に申し上げるがよい」(ピリピ 4:6)と語ります。願いと感謝は一緒に置かれています。日々が苦しい時、足りないものがあるのは事実です。同時に、神がすでに与えてくださったものも事実です。感謝する時、足りないものがないふりをする必要はありません。足りなさの中でも、神の恵みを見ることができます。詩篇103篇が最初に数えるのは、「主はあなたのすべての不義をゆるし」という恵みです。

学びのポイント

1. 「遠くの方で立ちとどまり」。 律法は、重い皮膚病の人が衣服を裂き、口ひげを覆って「汚れた者、汚れた者」と叫び、「宿営の外」に離れて住むよう定めていました(レビ 13:45-46)。彼らの苦しみは病気だけでなく、人々から隔てられる孤独にもありました。

2. 治る前に出発しました。 イエスは祭司に体を見せるよう言われました。それは病気が治った後にすることです(レビ 14:2-3)。彼らはこの言葉に従って出発し、「行く途中で……きよめられ」ました。

3. イエスのもとへ帰り、神をほめたたえました。 その人は「大声で神をほめたたえ」、さらに「イエスの足もとにひれ伏して感謝」しました。神をほめたたえた場所は、イエスの御前でした。

4. 「他国人」。 18節のこの語は、新約聖書ではここだけに出てきます。当時、神殿の外庭には刻字された石碑があり、他国人がそれより内側へ入ることを禁じていました。その石碑にも同じ語が使われていました。外側にとどめられていた人が、イエスの御前へ帰ってきたのです。

5. 「あなたの信仰があなたを救った」。 イエスは同じ言葉を、涙でその足を洗った女性(ルカ 7:50)、長血を患っていた女性(ルカ 8:48)、盲目の物乞い(ルカ 18:42)にも語られました。十人全員がいやされましたが、この一人はイエスご自身の口から、この言葉も聞きました。

分かち合い

オープニング(約10分)

ウォームアップ:最近、だれかが心から「ありがとう」と言ってくれたのは、どんなことに対してでしたか。その時どんな気持ちでしたか。(初めて来た方も話せます。)

リーダーへのヒント:一、二言で十分です。評価はしません。反対に、「最近、あなたが心から感謝を伝えたのはだれですか」と尋ねてもよいでしょう。

課の振り返り(リーダーが読み上げます。約1分。予習していない方のためです。)

この課では、ルカによる福音書17章11〜19節を読みます。重い皮膚病にかかった十人は、遠くの方で立ちとどまり、声を張り上げてイエスにあわれみを求めました。イエスは祭司たちのもとへ行って体を見せるよう命じ、彼らは行く途中できよめられました。そのうち一人だけが帰ってきて、大声で神をほめたたえ、イエスの足もとにひれ伏して感謝しました。この人はサマリヤ人でした。イエスは、「きよめられたのは、十人ではなかったか。ほかの九人は、どこにいるのか」と問い、「あなたの信仰があなたを救ったのだ」と言われました。関連する箇所は詩篇103篇1〜5節です。「わがたましいよ、主をほめよ。そのすべてのめぐみを心にとめよ。」今日は、祈りの中でどのように感謝を学べるか、一緒に考えます。

観察

1. ルカ 17:11-14を読みます。この十人はどのような状況にいましたか。何を願いましたか。イエスはどう応じられ、彼らはいつきよめられましたか。

リーダーへのヒント:彼らは重い皮膚病にかかり、遠くの方で立ちとどまり、「わたしたちをあわれんでください」と声を張り上げました。イエスは祭司たちの所へ行って体を見せるよう言われ、彼らは行く途中できよめられました。まだ治っていない時に、イエスの言葉に従って出発したことに注目できます。

2. 15-19節を読みます。帰ってきた人は何をしましたか。聖書は彼が何人だと特に記していますか。イエスは何を問い、彼に何と言われましたか。

リーダーへのヒント:自分がいやされたと知ると帰ってきて、大声で神をほめたたえ、イエスの足もとにひれ伏して感謝しました。彼はサマリヤ人でした。イエスはほかの九人がどこにいるのかと問い、「立って行きなさい。あなたの信仰があなたを救ったのだ」と言われました。

3. 詩篇 103:1-5を読みます。詩人は、自分の魂に何を「心にとめよ」と語っていますか。一つずつ見つけてください。

リーダーへのヒント:すべての不義を赦し、すべての病をいやし、命を墓からあがない、いつくしみとあわれみをこうむらせ、良き物をもって飽き足らせてくださることです。一人一節ずつ読んでもよいでしょう。

解釈

4. 聖書は、帰ってきた一人と帰ってこなかった九人を、どのように対照していますか。それは私たちに何を気づかせますか。

リーダーへのヒント:この課の中心となる問いの一つなので、十分に時間を取ります。十人全員がきよめられました。一人は帰って神をほめたたえ、イエスに感謝しましたが、九人は帰りませんでした。九人が心で何を考えていたか、聖書は語りません。動機を推測したり、悪い人と決めつけたりしないでください。大切なのは、この鏡で自分を見ることです。祈りがかなうと、ほっとしてすぐ次の用事へ向かっていないでしょうか。

5. 詩篇103篇は、「そのすべてのめぐみを心にとめよ」と語ります。感謝と「覚えていること」には、どのような関係がありますか。私たちはなぜ忘れやすいのでしょうか。

リーダーへのヒント:この課の中心となる問いです。感謝するには、まず覚えている必要があります。私たちは、受け取ったものを当然だと思い、まだ持っていないものばかり見やすいものです。ダビデは自分の魂に語りかけました。感謝するためには、このように意識して自分へ言い聞かせることが必要な時もあります。

6.(時間があれば扱う問い)ピリピ 4:6は、願いと感謝を一緒に置いています。日々がとても苦しい時にも、何を感謝できるでしょうか。感謝は、つらくないふりをすることになりませんか。

リーダーへのヒント:感謝するために、足りないものがないふりをする必要はありません。足りなさの中でも、神がすでに与えてくださったものを覚えます。詩篇103篇が最初に数える恵みは、罪の赦しです。今はどうしても感謝できないと言う人がいたら、その率直さに感謝し、無理に感謝させません。

適用

7. 最近、神が祈りに答えてくださったことを思い出してください。大きなことでも小さなことでもかまいません。そのために神のもとへ帰り、感謝しましたか。

リーダーへのヒント:一言で十分です。願うことは覚えていても、感謝を忘れていたと気づく人は多いでしょう。自分を責める必要はありません。今日の練習を始める場所になります。

8. 詩篇103:3-5にならって、最近、神が与えてくださった恵みを一つ話してください。

リーダーへのヒント:一度の食事、だれかの一言、無事に行き来できたことなど、具体的であるほどよいでしょう。この後の祈りは、これらの感謝から始めます。

祈りと実践

ともに祈る(約15分)

この課では、先に感謝し、その後で願います。一巡目は感謝だけにします。希望する人が一人ずつ、具体的なことを一つ挙げ、一言で神に感謝します。ほかのことは願いません。二巡目で、それぞれの必要を神へ持って行きます。願う時にも感謝を一つ加えます。声に出したくない人は、静かに祈ることも祈りです。初めて来た方は祈る必要がありません。最後に皆で詩篇103:1-5を読み、リーダーがまとめます。祈りの課題はグループ内にとどめます。慎重に扱うべきことはアプリにもグループチャットにも書きません。後のケアが必要な時は、リーダーが本人の同意を得て、必要な一、二点だけを非公開で記録します。

次のように始めてもよいでしょう(祈りの方向):

天の父よ、私たちは願うことが多く、感謝することが少ない者です。あなたが祈りに答えてくださると、ほっとして、すぐ次の用事へ向かってしまいます。今日、あのサマリヤ人のようにあなたのもとへ帰り、あなたをほめたたえます。私たちの罪を赦し、何度も守ってくださったことを感謝します。日々が苦しい時にも、あなたの恵みを覚えさせてください。足りないものも、そのまま御前へ持って行きます。わがたましいよ、主をほめよ。そのすべてのめぐみを心にとめよ。イエスの御名によって祈ります。アーメン。

今週の行動リスト(約5分)

祈った後、一人ひとりが次の中から一つを選び、今週行います。一つで十分です。すぐに選べなくてもかまいません。

記録も報告も必要ありません。よければ、次の集まりで話すことができます。できなかった時は、妨げになったことを祈りに持って行きましょう。

さらに話したい方へ

「ありのままの感情を祈りに持って行く」の課(詩篇13篇)か、「罪を告白する祈り」の課(ダニエル 9:1-19)を選べます。

リーダーガイド